私が町中華に行く理由

「ハイお客、ビールとギョーザネ」


 カタコトの日本語で、店員のシュファが料理を並べてくれる。


 町中華で働いている、台湾人だ。


 私は、ここのギョーザをビールで流し込むために生まれている。

 そう言っても過言ではないほど、この町中華に惚れ込んだ。

 店のすぐ近くに、アパートを借りたくらいである。

 ほぼ定時上がりができる職場なのも、すばらしい。


 このギョーザだけで、私は生きていける。

 まあ、それだけではないんだけど。


「お客、おまえ目がオッサン化しているネ」


 シュファが、私の視線に気がついてしまったらしい。


 いや、ご容赦を。

 そんなスラリと伸びた脚線美を見せられたら、誰だって釘付けになる。


「お前も目がイヤラシイネ。明らかに新聞読んでないヨ」


 常連客であるカウンターの中年客にも、シュファは注意をした。


「おばさん、みんな追い出すヨ。いいカ?」


「勘弁なさいよ。みんなシュファが大好きなんだから」


「ワタシ、ニポン好きだがエチエチなニポンジンの目は好きくないヨ。ハラスメントも大概にしとくヨ」


「まあまあ。はい、まかないチャーハン」


「いただくヨ」


 店主のおばさんがチャーハンを作ると、シュファは仕事中だというのに食べ始める。


「あんたのお代金は、あっちのお客さんからもらっているから」


「人の金で食うチャーハン、最高ネ。ニポンジン大好きヨ」 

 

 あっという間に、シュファの機嫌が治った。


 ごちそうしてよかったぁ。


「おばさん、シュファ、おいしかった。また明日」


「また明日ナ」


 食べている最中のシュファが、私に手を振る。


 さて、あとは銭湯に行って汗を流すか。


「シュファ!?」


 なんと、シュファが私の隣で服を脱ぎ始めたではないか。

 

「まだお仕事中だと思った」


「今日は早上りネ」

 

「それに、あの店から銭湯って結構あるよ」


「ワタシ、チャリで来たヨ」


 なるほど。電動自転車で通っていたっけ。


「ワタシのアパートも、お風呂ない。キッチンもない」


 並んでお湯に浸かりながら、シュファの近況を聞く。

 

「マジで? ご飯はどうしているの?」


「ケータリングか、まかないか、出前」


 台湾では、共働きが当たり前の文化である。

 そのため、家で料理をするという発想自体がないらしい。


「その分、家賃が安いネ。でも、今月で老朽化だっていうから取り壊し。また家を探さないと。住み込みはイヤなこったネ。おばさんのイビキ、うるさすぎネ」


「へえ。よかったら、ウチに住む?」


「なんと?」


「私もたいした料理はできないけど、キッチンはあるよ。レンチンくらいはできるからさ」


「おお、捨てる神あれば拾う神ありネ」


「そのかわり、毎日チャイナドレスを着てほしいな。寝るときとか」


「……やっぱり考え直すネ」

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