マニッシュな先輩が、放課後にこっそり猫耳つけてた

「サエさん、この落とし物は何かしら?」


 文芸部の部室に、猫耳カチューシャが落ちていた。


「どうせカナンのでしょう。あの子、よくバイトで猫耳をつけていますから」


 私はため息をついて、トキノ先輩に言葉を返す。

 

 カナンは学生のかたわらで、コスプレ雑誌の読者モデルもしている。

 この文芸部にも、籍だけ置いているだけだ。

 おそらくカチューシャも、撮影の小道具に違いない。

 部室で何をやっているのか。


「トキノ先輩、私が渡しておきましょうか? 同じクラスなんで」

「いいえ。部室においておきましょう。取りに戻るかも」

「それもそうですね。では、お疲れ様でした」


 私は部室をでた。


 そこで、カバンが妙に軽いことを思い出す。


 先輩に借りようと思っていた本を、忘れてしまったではないか。


 早く借りないと、先輩が帰ってしまう。

 

 

「せ、センパ……」

「はわ!?」



 文芸部で忘れ物を取りに行ったら、トキノ先輩が頭に猫耳を付けていた。


 普段からマニッシュ女子で人気だったトキノ先輩に、こんなおちゃめな一面があったなんて。

 もう、惚れ直しちゃう!


「サエさん違うの! これはただ、ファンタジーの取材にって」

「先輩の専門って、現代ミステリばかりじゃないですか」


 

 たしかに、今ではファンタジー要素のあるミステリなんて珍しくない。

 しかしトキノ先輩は、そういった作風に否定的だった。

 猫耳の活躍する物語とは、程遠い。

 それがファンタジーに傾倒なんて、ウソにも程がある。

 

 

「似合ってます! マニッシュな顔立ちと猫耳とのギャップ! よき!」


 サムズ・アップして、私はトキノ先輩を絶賛した。


「ダメよこんなの。性癖が歪んでしまうわ!」

「いえいえ。写真に残しちゃいましたよ」

「やめて。ホントにやめてほしい」

「個人的に楽しむだけにとどめますから」


 本当に、自分だけのものにしておきたい。

 誰にも見せびらかすこともなく。


「とにかくダメよ。消しなさい」

「そんなぁ。ずっと大事にしますから」

「ダーメ」


 猫耳をつけたまま、トキノ先輩が私に飛びついてくる。

 過剰なまでのボディタッチを食らい、私は幸せと興奮の中にいた。


「ちーっす。忘れもんしたんで」


 カナンが、部室に入ってくる。


 三人が、三人とも、硬直した。


 我に返ったトキノ先輩が、ハッと私と距離を放す。

 猫耳カチューシャを、サッとカナンに返した。

 

「サ、サエさん。そういえば、ミステリの文庫本を貸す約束でしたね」

「あ、そうでしたそうでした!」

 

 私も、文庫本を貸してもらう。



「トキノパイセン、このカチューシャ気に入ったならあげますよ」

「いえいえ。大事なものでしょうから」

「全然。ドンキで千円なんで」


 カナンが、トキノ先輩にカチューシャをつけてあげる。


 去り際に、カナンが人差し指を口に当てながらささやいてきた。

 


「あとはごゆっくり」

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