おかずクレープなんてありえないと思っていたのに ― pixivお題「クレープ」より

「わたし、ツナサラダ」

「え!?」


 カナがおかず系クレープを頼んだので、私は驚いてしまった。


 ここは、公園に設置されたキッチンカーである。


 私はおやつのため、カナは夕飯を食べに来た。


 ちなみに私は、『季節限定イチゴまみれメガツイン』だ。

 バラの花束みたいなクレープを、ドッシリと両手でつかんでいる。


「大食いのマサヨに言われたくないなぁ」


 そう言って、カナはツナクレープをガブリ。

 氷の入ったほうじ茶のカップをガシャンと揺らしながら、おいしそうに食べた。

 ここまでくると、もう「ツナ巻き」と形容したほうがいい。


「おやつちょうだい」

「ひとくちね」

「ありがと。あーむ」


カナが、私のクレープを一口食べる。


「しょっぱいものの後の甘いものって、なんでこうも背徳的なんだろうねぇ」


 まるで詩人のような一言を、カナが漏らす。


「おいしいの、おかずクレープって?」

「何を言ってんの。わたしんち、ゴハン出ないから」


 言いながら、カナはわっしわっしとツナクレープを頬張った。

 

「共稼ぎだもんね」


 カナの家は、両親ともに働いている。

 貧乏なわけじゃない。若いうちにセミリタイアをしたいらしいのだ。

 なので、夕飯はいつも一人である。


 食事が好きなカナと言えど、一人メシは寂しいようで、いつも私を誘う。


 お金はあるそうなので、カナには夕食代を多めに持たせている。

 

「セミリタイアしたいが、娘に不自由をさせたくない」という親心はあるようだ。


 当のカナは、

「両親が健在なら、リタイアなんて考えなくていいのにさぁ」

 と、こぼす。

 お茶の氷をガシャン! と鳴らしながら。


 そもそも、カナも彼女の母親も、料理が得意ではない。

 無理して料理をしてみたが、結局は冷食に変わったくらいである。

 お弁当を一度作ってきたことがあったが、私が作ったほうがマシだ。


「うちの家、グータラ家系だから、わたしが大学卒業した後は働きたくないんだってさ」

「でもわかるなー。日本は働いたら負けだもん。思いついたときにリタイアするに限るよ」


 ウチの姉も、会社に凹まされて実家に帰ってきた。

 今はのんびり、家の稼業を手伝っている。非課税の積立投資も始めたらしい。

 なので、カナの両親の事情もわからなくはなかった。

 

「しょっぱい思いをした後は、思い切り甘い汁を吸おうというわけだね?」

「語弊」

「えっへぇ」


 今度は、カナがクレープを差し出してくる。


「いいよ。ゴハンでしょ?」

「だからだよ。さっきイチゴもらっちゃったし」


 ならば遠慮なく、いただこう。



「うん、おいしい!」


 甘い生地にツナの塩加減なんて合わないだろうと思っていたが、これは。

 パンケーキならわかるが、甘みのある生地でここまでおいしくなるなんて。

 新しい発見を、してしまったかもしれない。


「いいでしょー。甘いクレープに物足りなさを感じたとき、試してみたんだ」

「わかる。これは、面白いね」

「ウチ、ゴハンでないじゃん。だから、いろいろ試してみようと思ってさ」


 彼女は彼女なりに、さみしい夕飯を満喫しているようだ。

 

「だから、たまにでいいから夕飯付き合ってよ」

「たまにとはいわず、毎回付き合うよ」

「いいの? お金かかっちゃうよ」

「私も、一緒におやつを食べる相手が欲しかったから」

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