第26話:人攫い


 俺はこの仕事が嫌いだ。

 理由は二つある。


 まず、人として耐え難い。


 人の子をさらって売り飛ばすなど、およそ、人間の所業ではない。そんな事、もちろん知っている。分かっている。神は、自分の生業なりわいたるこの、子供を攫って現金に変える、という行為を決してゆるしたりはしないだろう。地獄行きだ、分かっているさ。


 そんなに嫌なら止めればいい、分かっているなら止めればいい。そういう意見だって勿論あるだろう。しかし、それは言うほど簡単じゃない。


 だって、


 生きて行けない、飯が食えない、家族だっている。


 だけじゃない。


 長くこの界隈で生きてきて、色々な人間の様々な秘密を、俺は知りすぎていた。生きてこの界隈から逃げ延びることは、もはや、不可能なのに違いない。


 そして今日も、


 俺は、二人の手下を連れて、人が集まる場所、——— 市場や、繁華街、街の公園や、川辺などを巡回まわるのだ。やれやれ。


 俺がこの仕事が嫌いな理由はもう一つある。それは「割に合わない」という事だ。大変な割に、儲からない。結構キツくて、元手がる割には現金かねにならない。その理由は、意外にも、人間という商品の値段の安さ、にある。


 例えば、人間十人を売った時の売り上げの合計は、短機関銃一挺が、ギリギリくらいの金額なのだ。また、例えば女の子そのものよりも、その女の子が着ているワンピースの方が高額だったりする。どこにでもある、ごくありふれたワンピースなのに、だ。………


 人として間違ってる。そんなの分かってる。しかし人間は、買った後のランニングコストがかさんでしまうため、安価になってしまうのは、まあ止むを得ないとも言える。毎日めしは食うし、排泄もする、寝る場所だって必要だ。ほら現金かねがかかる、すぐに要る、ずーっと要る。


 人身売買は、色んな意味で、最低な仕事だ。悪事に手を染めるにしても、もっとマシな稼業が他にいくらでもある筈だ。とにかく採算が取りづらく、割に合わないのだ。


 だから、


 その少年を見た時、俺は震えた。


 **


 そこはディヤルバルグの山岳地帯のふもとにある水場で、地域に属さない旅人が沐浴できる、数少ない場所だった。


 旅人、というのがいい。じゃないか?だって、足が着かない。失踪しても、誰も騒がない。


 最初、女の子なんだと思った。とても綺麗なからだをしていたからだ。隣りではしゃぐ背の高い少女も、しなやかなからだ付きで綺麗な方だったが、十代初めのその女の子には、やはり及ばなかった。


 現金かねになる、———


 そう思った次の刹那、背中の毛がそそけ立った。驚いてしまった。その子の白い腹部の下に、小さく、弾むものを認めたのだ。、要するに、そういうことだ。


 男の子、———


「おい、………」


 旅人を装って一緒に歩いていた二人の仲間に、俺は低く、声をかける。二人は俺の視線を辿り、瞬間、気付いたようだった。全員、人を獲物として見、商品として扱うことを生業とする業者なのだ。


「あれは、………」一人が言った。

「そうだ」俺は答える。


 あれほどに女性的な魅力を持っている少年、ということになると、売る相手さえ選べば、かなり高額で取り引きできる筈だった。


「ダインスレイヴだぞ」

「本当か?」


 仲間が言う。俺は眼を凝らす。ダインスレイヴの少年、ということになると、かなりの付加価値が付く。それも、あれだけ綺麗な容姿の子供、ということになると、これはもう奇跡に近い幸運と言える。


 ……… なるほど、赤い瞳だ。紛れもない。


 忌むべき自身の生業に、今は少しだけ感謝した。辛抱してみるものだ、そう思った。こんな幸運に巡り会える。


「行くぞ」


 表情を変えずに俺は、短く言い放つ。


 二人は、すでに動き出していた。


























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る