月影に涙する異邦の少年は、やがて剣を取り救国の英雄となる
刈田狼藉
序:大きな戦争があったのだ
大きな戦争が、あったのだ。
曰く、
太平洋二十年戦争——————
暫定統一歴:1571年、
極東の軍事大国「大東亜皇統帝国」は、次世代のエネルギー源たる石油の採掘・運搬の利権を巡って、当時、世界最大の産油国だった「ローディニア合衆連邦共和国」に対して宣戦を布告、全面戦争に突入した。しかし大東亜皇統帝国は、開戦後四年を経ずして、本土の制空権すら確保できない程の、深刻な劣勢に追い込まれる結果となった。理由は、航空機や新鋭艦船をはじめとする新兵器の動力源である「石油」の供給ルートが確立できないまま、開戦に踏み切ってしまった為だった。(石炭なら、それこそ棄てる程あったのだが………)
主要都市をことごとく空爆で焼き払われ、さらに広島、長崎、名古屋、四日市、柏崎に原子爆弾を投下され、甚大な被害を被った皇統帝国は、それでも「国体は揺るがず」と嘯いて見せたが、合衆国による本土上陸作戦を前に、やはり単独での抗戦は無謀と判断、「ソユーズ共産主義者共和国連邦」に介入・参戦を打診した。
そして最終的に―――北海道・九州及び本州の一部(能登・房総・津軽など)の割譲を条件に、対合衆国全面戦争への友軍としての「ソ連参戦」を、皇統帝国は、正に身を削って実現させたのだった。
暫定統一歴:1575年、
こうして、この全面戦争は次のフェイズへ、そう、「資本主義 VS 共産主義」という完全に終わりの見えない、泥沼の「イデオロギー戦争」へと移行した。この戦争はこの後十五年もの間続き、巨人同士の闘いの足元で皇統帝国は消滅、合衆国は疲弊して内乱状態へと陥り、やがて「地獄」と化した。長すぎたこの戦争に勝者はおらず、共産主義者連邦も甚大な損耗と過酷な困窮とに喘ぎ、深い傷の癒えぬまま、しかし次の獲物に食指を伸ばさざるを得なかった。
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この東半球の全面戦争に連動して、西半球でも大きな動きがあった。それまで中近東及び東欧に侵略の手を伸ばしていた共産主義者連邦が(この時点で、後に欧州を席捲する「ゲルマニア騎士団帝国」は、まだ小国に過ぎなかった)巨頭を廻らし、東側:環太平洋地域に牙を向けたのを「好機」と捉えた者がいたのだ。「七つの海を制した」とまで言われ、かつて世界に覇を唱えた海洋軍事大国「ウェールズ連合王国」だ。
暫定統一歴:1575年、
ウェールズ連合王国・イスパニア王国・ローマ大公国の三国は、総艦艇数二十隻を超える大艦隊を擁して地中海を東進、中近東・地中海地域(トラキア共和国・バビロニア共和国・ガレスチナ自治領域・リプロス島・他)に、文字どおり「雪崩れ込んだ」。世に言う「第一次ウェールズ侵攻」の勃発である。まとまった規模の勢力が無かった中近東・地中海地域に於いて、三国連合はその勢力範囲を瞬く間に拡げていったが、しかしその勢いも長くは続かず、やがて地場の武装勢力諸派の強い抵抗に遭い、四年後の1579年に、支配地域のすべてを放棄して撤退を余儀なくされた。そこは「世界の火薬庫」とまで呼ばれ、有史以来、片時も戦闘の絶えざる地域であり、そもそも支配することが、極めて難しい地域だった。まとまった支配勢力が無いことが、逆にそのことを雄弁に語っていることに、連合王国・他の三国は、事前に気付くことができなかった。
この「ウェールズ撤退」の遠因となったのが、地中海の東に浮かぶリプロス島に住まう「ダインスレイヴ」という民族のサーベルによる突撃である。彼らは「塹壕戦の悪魔」と怖れられ、閉鎖空間など一定の条件下に於いて、銃火器類は必ずしも刀剣類に対して優位ではない、と広く世界に知らしめた。このサーベルによる塹壕への突撃を主導した、ユーゴ・ベルスレイフという人物は、武装抵抗勢力サイドに絶大な戦果をもたらした英傑として、没後も長くその死を惜しまれ、英雄として、永く語り継がれている。ユーゴは、ダインスレイヴ伝来のサーベル術の達人であり「史上最強のサーベル使い」との呼び声も高い兵法家である。
この後、1580年から1595年の約十五年間、西欧列強が中近東・地中海地域に食指を動かすことは無かった。成果の無い侵略戦争は、あまりに損耗が大きすぎた。要する、懲りたのだ。そして東の共産主義者連邦は、合衆国との全面戦争に必死で、背後を振り向く余裕が無かった。
暫定統一歴:1590年、
永遠に続くかに思われた「太平洋二十年戦争」が、遂に終戦を迎えた。しかし、世界に平和が訪れることは無かった。二十年にも及んだ戦争に、ローディニア合衆国は疲弊の極に達しており、それに複数の激甚な自然災害が重なり、経済は完全に破綻、そこに環太平洋地域を広く転戦していた大量の兵員が押し寄せるように帰国し、彼等は帰国すると同時に兵役を解除され失業者となったため、治安が極度に悪化した。彼等・兵役解除者は「兵役崩れ」と呼ばれ、各地で強盗や殺人など、凶悪な犯罪行為に及んだ。国内だけでなく、彼等のうちの一部は帰国せず、広く世界各地で問題を起こした。強力な火器を持つ完全武装の失業者―――、それが「合衆国兵役崩れ」であり、永く続いた国家総力戦による激しい損耗と貧窮から、彼等は、神も、国家も、道徳も、倫理も、一切何も信じない、有史以来最も悪質で獰猛な「ならず者」となった。
それだけでは無かった。複数の国家の仲介から講和により終結したこの戦争には戦勝国が無く、戦後賠償が発生しなかった。当てにしていた巨額の戦後賠償が無かったことにより、ソユーズ共産主義者連邦は、皇統帝国の元々の領土だった八島列島を領有するも、太平洋を挟んだ総力戦の激烈な損耗を癒すには至らず、二十年戦争以前に目論んでいた、中近東への侵攻を画策するようなった。
また欧州ではゲルマニア騎士団帝国がその勢力を伸ばし、西欧の雄:ガリア・オルレアン皇国や、海洋の覇者:ウェールズ連合王国と直接にらみ合うまでに成っていた。かつての大東亜皇統帝国を彷彿とさせる、その勢いの凄まじさに、オルレアンもウェールズも直接干戈を交えることを怖れ、そこに、同じく騎士団帝国との直接対決を避けたい共産主義者連邦からの内密の申し出を受けて、極秘に示し合わせた上で、共産主義者連邦は「中東地域」に、そしてウェールズ連合王国と、ガリア・オルレアン皇国、イスパニア王国の三国は「近東及び地中海地域」に、同時に侵攻を開始した。世に言う「第二次ウェールズ侵攻」である。これは、ウェールズサイドと共産主義者連邦側の「周辺地域を押さえることで騎士団帝国を牽制したい」という意図から引き起こされた侵攻だった。
暫定統一歴:1595年、
こうして始まった「第二次ウェールズ侵攻」は、約四年間、1599年まで続く。前回はトラキア共和国の首都:ラズダンブールの攻略から始まった侵略戦争だったが、今回は、前回撤退の大きな要因となった「塹壕戦の悪魔」ダインスレイヴの本拠地:リプロス島の制圧戦から始まることとなった。
しかしそれも、
地中海海戦、
リプロス島進駐統治、
そして、
戦局の分水嶺:ガゼルベイルート攻防戦、
レッドクリフ港奪還戦、
やがて、
首都:アフロディーテ奪還戦を経て、
連合王国は、
再び、撤退に至るのだ。
そして、この時のウェールズ撤退の大きな契機を作ったのが、やはりダインスレイヴのサーベル使いだった。この時すでに戦没していた偉大なるサーベル使い、ユーゴ・ベルスレイフの息子―――ルナ・ベルスレイフである。
本稿は、十八歳で戦死し、後に「救国の英雄」と呼ばれた、この、ルナ・ベルスレイフの物語である。
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