エスターと運命の1週間 ― Who’s that girl? - His seven crucial days in Los Angels ―
■#17 Day 4 Thursday Evening (2) ――4日目。木曜の晩(2)――
■#17 Day 4 Thursday Evening (2) ――4日目。木曜の晩(2)――
==================================================
同級生だったことをエスターに明かしたアナ。
ふたりは過去のことより、未来の夢を語り合う。
==================================================
それ以上、アナの過去の話はしなかった。そう、彼女はぼくにとって、もう“アナスタシア”ではなく“アナ”になった。クレアからもらった調査書にひととおり目を通したからだいたいの経緯はわかっていたけど、根掘り葉掘り詮索する気にはならなかった。
「ねえ、きみはいまメディカルスクールに在籍してるんだよね?」エスターはもっと聞きやすいことを話題にした。
「ええ、そうよ」
「やっぱり医者になりたいとか?」
「うーん……臨床より、研究のほうかな」医学を志したのは、いま思えば、あこがれたひとの影響を受けた気がする。8年前に病院で見た、きれいなあのひと。エスターの視線をひとりじめしてた先生。「じつは“不老不死”の薬をつくりたいの」
「不老不死!?」エスターは目をまるくした。
「やっぱり驚くわよね」ふふっとアナは笑った。
「そんなことが可能なの?」エスターはだれでも聞くだろう質問をした。
「死なない薬ってわけじゃないのよ。簡単にいうとアンチエイジングかな……それだと美容目的に聞こえるかもしれないけど、そうじゃなくて。いま、どんどん人間の寿命が伸びてきているでしょう? でも、かならずしも“健康でいられる時間”が長くなってるわけじゃない。長生きしても病気や不調で苦しむのではつらいわ。だから、老化を遅らせるために、長く健康でいられるためにはどうすればいいかを見つけたいの。そうすれば医療費だって抑えられる」
「へえぇ……すごいね。それは全人類にとって有益だ!」
「でしょう? けっこうすごいところまで研究が進んできてるのよ」アナは目をきらきらさせていた。引っ込み思案な子かもしれないけど、興味のあることならこうしてたくさん話してくれる。少しは気を許してきてくれたのかな? 臆病な猫がなついてくれたようで、すごくうれしいんだけど……。「あなたはなにを目指しているの、エスター?」
「ぼく?」エスターは眉を両方くいっと上げた。「うーん……そんなに壮大で崇高な目標を聞いたあとではいいにくいんだけど……」はにかんだように笑う。
ああ、むかしのエスターと変わってない。彼のこういう笑顔、大好きだった。
「ぼくはね、こういうの」そういって両腕を大きくまわした。このコテージ全体を指すかのように。
「こういう……家ってこと?」
「そう」彼が小さくうなずく。「だから、これは実験でもあるわけ。動物と楽しく暮らせる家。もっといえば、旅行しても動物といっしょに楽しく泊まれるホテル。まあ、犬とちがって猫は留守番させることも多いだろうけど、環境が整えばいっしょに出かけたいひともいると思うんだ。長い旅行ならとくにね。うちのザ・ハートで企画するとなったら、ほんとうに快適で、豪華な宿にしたい。こっそり企画書なんかつくってみてる。まあ、動物の種類によって必要なものも変わるし、メンテナンスとか、問題は山積みだけど」またはにかんだような笑み。
「ううん、すごくすてき! 人間も動物もしあわせになれる家とホテルね」
「うん、まだあんまりひとにいったことはないんだけど」
どきん。そんな話をわたしにしてくれたの……?
「すばらしい視点だと思うわ。わたしは専門じゃないけど、動物が人間にもたらしてくれるしあわせは医学的にも認められているもの」
「じゃあ、こういうのもそのひとつなのかな」エスターはひょいとスマホを手にした。「ゲームなんだけど、猫をあつめるやつ、知ってる?」
アナは首を振った。「いいえ、わたし、ゲームってしたことないの」
「ゲームをしたことがない? じゃあ、ぜひやってみて。ぼくもしばらくやってないんだけど、いっしょにチームを組もうか。ぼくらのお城に猫をあつめるんだ。のんびりやればそんなに時間も取られないし」
「おもしろそう。猫をあつめるって、どんなふうに?」
「まずはアプリをインストール。ここから検索して――」
エスターはアナのスマホを手早く操作し、すぐにインストールしてくれた。アプリを起動させるとお城がたちあがり、そこにエサやおもちゃを使って猫をゲットしていく。アナはひととおり説明を聞いて、まず1匹の茶トラをお城に誘いこむことに成功した。
「かわいい! リーフみたい」
「で、ぼくのお城と連携する……と」エスターは自分のアプリでササッと操作し、アナの城と自分の城を連携させた。アナの茶トラがエスターの城に追加され、逆にエスターがあつめていた猫たちもアナの城に入る。
「わっ、すごく増えたわ!」アナはうれしそうだ。
「エサやおもちゃはアプリ内で買うこともできるんだけど、そこまでしなくても楽しめるから。空いた時間にのんびりやってみて。ぼくもまた猫あつめが楽しくなりそうだ」
***
火曜の朝にあわただしく浴びて以来のシャワー。
ううん、正しくはお風呂。お風呂なんてほんとうに久しぶり。
ゆっくり入ったほうがいいからって、エスターがお湯をわかしてくれた。大理石とガラスでできたゴージャスなバスルーム。シャワー付きの大きなバスタブがあるメインルームのほか、ガラス張りのシャワールームまで完備されている。ジャグジー付きのバスタブは、ゆったり手脚を伸ばしてもぷかぷか浮けそうなくらいの大きさだった。
こんなバスルーム、人生初にして最後かもしれない。
もちろん、体がとろけるかと思うほどリラックスできた。ただ、髪がちょっとうねりはじめているのは気になったけど……ブラシでとかしてももちろん直らない。エスターにへんに思われないかな……。
バスルームから出てきたアナは、文字どおり光り輝いていた。
着ているのはまたしてもだぶだぶのぼくのルームウェアだけど、肌はピカピカ、髪もツヤツヤ。ウエーブが出てきたようなのが、またやわらかな雰囲気になっていい感じだ。ぼくは自分が風呂に入ったわけでもないのに、頭がのぼせたみたいになった。
アナはまだ湿り気のある手で猫たちをなでたり頬ずりしたりして、「わあ、ものすごく毛がつく~!」なんてはしゃいでいたけど。
ぼくが渡したミネラルウォーターのボトルをごくごく飲み干す、のどの動きに思わず見入ってしまったのは……内緒だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます