■#16 Day 4 Thursday Evening (1) ――4日目。木曜の晩(1)――

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エスターから素性を確かめられたアナスタシア。

彼女の答えと、エスターの反応は――。


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 長い、長い沈黙のあと、アナスタシアはうなずいた。

「そうよ、アナ・ゴールドよ」

 こんな写真……エスターに見られたくなかった……。みっともないわたし。

 ああ、なにをいわれるんだろう。どうして黙ってたのかとか、さっさと出ていけとか?

「じゃあ、これも、きみの?」エスターは意外なものを写真の横に置いた。

 黒とグレーのしましまの猫しっぽ。ボールチェーンが切れたストラップ。

 わたしのだ。

 アナスタシアは顔を上げた。

「これ、どうして?」

「むかし、病院にお見舞いに来てくれたときに落としていったんだよ。きっときみのだろうと思ってた。退院したら返そうと思ってたけど、次に学校に行ったときにはきみは転校してしまってて」

 よかったよ、返せて――エスターはそういってほほ笑み、ストラップを取って差し出した。

「長いこと持っててごめん。チェーンも切れたままだけど」

 アナスタシアは震える手でストラップを受け取った。エスターが持っててくれたなんて。

「あ……りがとう」なんだか泣けてきた。

「それからさ、もうひとつ聞きたいことがあるんだ。きみのスマホの待ち受け画面のこと」

 アナスタシアの頬が、かあっとほてって赤く染まった。

 エスターにはそれでじゅうぶん答えになったようだ。

「やっぱり、きみだったんだ」

 エスターはさらに彼女に近づき、ふわりと抱きしめた。

「ありがとう」

「えっ……?」むかしの画面を残して待ち受けにしているなんて、てっきり気味が悪いとでもいわれると思ったのに。それが、それが……エスターに抱きしめられてる……?

「あのとき、ぼくはめちゃくちゃおびえてた。でも、きみのおかげで勇気を持つことができたんだ」

「おびえてた?」意外な言葉にアナスタシアは顔を上げた。

 エスターは腕をほどいて彼女と目を合わせた。

「うん。ここ」親指をぐっと立てて、心臓を指す。「とつぜん心臓の手術を受けることになって、成功率が半分もないっていわれて。心底、こわかった。でもそれを口には出せなくて……ツイッターで弱音を吐いたんだ、“こわい”って。そしたらものの数分で励ましや、からかいや、いろんなコメントがついたけど、元気になるどころか弱音を吐いた自分がかっこ悪く思えてきてさ。そのとき、きみのコメントを見たんだ。きみだけは“わたしもこわい”って書いてあった。なにがこわいかはわからなかったけど、同じ気持ちを共有してくれた気がして、すごくラクになったんだ」

「あのときは……わたしもとつぜん学校をやめなきゃならないっていわれたの。東部に引っ越すっていわれて、ぜんぜん知らないところに行くのがこわくて」

「そうだったのか。でもきみは“逃げないでがんばる”とも書いてあったよね。あれでぼくも勇気をもらったんだよ」

「わたしはあなたが“ありがとう”って返してくれたのがすごくうれしかった。返事をもらえるなんて思ってもいなかったから」

「でもAとしか名前が書いてなくて、アカウントもすぐになくなって、だれだかわからなかった」

 アナスタシアはテーブルの上の写真にちらりと目をやった。「だって、あれ、、だったのよ? 学校では友だちもできなくて、ずっとコンプレックスのかたまりだった。かたやあなたは王子様だったもの」

 エスターは目をまるくした。「王子様って――」苦笑する。「そんなふうに考えたことはなかったなあ。でも、ぼくが王子様なら、きみだってお姫様――いや、姫を通り越して女神様なんじゃない?」

 アナスタシアはぽかんとした。

 彼はなにをいってるの?

「だって、そんなにきれいなんだから」

 は? 空耳かしら? いまエスターは“きれい”っていった?

「きれい?」

「そう」

「だれが?」

「きみが」

 アナスタシアの首から顔へ、ぼぼぼっと音が聞こえそうな勢いで真っ赤になった。

 うわ……真っ赤……“きれい”のひとことでこんなに赤くなる子、見たことないよ……。

 エスターはなぜか感動していた。最初はクールな美女だった彼女が、知れば知るほどかわいい面を見せてくる。

 彼はひとつ小さな咳払いをして、話題を戻した。「まあ、王子といわないまでも、ぼくはたしかにラッキーだった。心臓の手術を受けたってことでさえもね。このアメリカでそれだけの医療を受けられる環境にいたってことだから」

「いまは……もう?」

「うん、すっかりよくなった。それこそラッキーなことだよ。いまは通院もないし、ジムにも通えてる。ぜんそくもよくなったからこうして猫も飼えた。カラテだってやったんだよ?」エスターは大げさにカラテの型を決めてみせた。

 あはは、と笑い合う。

「とにかくツイートのお礼がいえて、ストラップも返せて、ほんとによかった。ものすごい偶然だよね!」エスターはあらためてアナスタシアにやさしい笑みを向けた。

「ストラップをこんなに長いあいだ持っててくれて、わたしこそお礼をいわなきゃ。だれのものかもわからなかったでしょうに、ありがとう」

「う~ん、そんなかわいいもの、捨てられないもんなあ」

 またふたりで笑う。

「じゃあ、これからはアナって呼んでもいい?」エスターがいった。

 一瞬、息が止まった。「――ええ、もちろん」

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