■#15 Day 4 Thursday Afternoon ――4日目。木曜の午後――

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クレアはアナスタシアの素性を突き止めていた。

それに対して、エスターは――?


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「アナ・ゴールド?」

「そうよ、トリニティ・アカデミーでわたしたちと同学年だった子。覚えてない? やせてひょろひょろ、ぶ厚いメガネをかけて、赤毛で髪がボサボサだった、冴えない子よ。見て、写真もあるわ」

 !!!

 クレアは数枚の写真をテーブルに広げた。学校のイベントでクレアが大きく写った写真の、隅っこにいる女の子。メガネが反射して、顔はよくわからないのが多い。たしかに手脚が棒のように細くて、赤毛はくしゃくしゃで、メガネがずれないように赤いバンドで頭に留めている。

「これ……ぼくが入院してたときに、きみといっしょにお見舞いに来てくれた子?」

「そうよ、あのときの子」

「でも……ぜんぜんちがうじゃないか!」エスターは写真を見て純粋に驚いた。

「そうなの、ダサい子だったのよ。中等部には行かなかったじゃない? 父親の事業が失敗して、東部に引っ越したみたい。もともと成金だったのよねぇ、あの家。それでゴールドなんて名前だから、女子にからかわれてたわ。東部で両親は離婚して、ロシア系だか東欧系だか母親の姓に変えたんでしょうね。飛び級でプリンストンに入ったって書いてあるけど、どんな手を使ったのやら。だって、そこにも書いてあるけど、受験の半年前に家出してるのよ? とんだ不良娘だわ。小さな施設にいたようね。そんなところからプリンストンに合格するなんてあやしすぎるわよ。いまだってマクドネル教授に取り入ってるってうわさがあるもの。あの顔や髪だって、なにかしてるに決まってる。学年も名前も変えて、だまされるところだったわ」

「……べつにだまそうとしてやったわけじゃないと思うけど」エスターはいった。

 そうだ、アナスタシアは人をだまそうとするような子には見えない。

「そんなことわからないじゃない。パーティで会ったとき、同級生だったのになにもいわなかったのもあやしいわ。いきなりあなたをひっぱたいて」

「あれは……ぼくがひどいことをいったから」

 ほんとうに、アナスタシア・シチェルヴァコヴァはアナ・ゴールドなのか? すぐには信じられない。この写真とは似ても似つかない……。

「気をつけたほうがいいわよ、エスター。なにを企んでるかわかったものじゃないわ。この調査書、コピーしたからあげる」クレアはしてやったり、といわんばかりの顔をしていた。

 わざわざ身元調査なんかするのもどうかとも思うけど、アナスタシアのことがわかったのはよかったのかもしれない。でも、ぼくにとってはアナスタシアがアナ・ゴールドでもそうでなくても、あまり変わらない気がする。

「ありがとう、クレア、もらっておくよ」


   ***


「あっ、エスター、おかえりなさい」

 リビングに入ったとたん、明るい声とやさしい笑顔に出迎えられた。

「見て、見て」アナスタシアの指さした先を見ると、ソファの上でエアとエルフとリーフがだんご状になって眠り、少し距離をおいて背もたれの上でテラが寝ていた。

「うわ……初の光景」エスターはできるだけ物音をたてずに近づき、ひとつところで4匹が幸せそうに眠っている姿に感動した。テラをよくよく見て、さらに驚く。

「テラ、すごく毛並みがきれいになった?」

 ふふっとアナスタシアは笑った。「わかった? きょうね、全身をブラッシングさせてくれたの。さすがにおなかまでは無理だったけど、すごくきれいになったでしょ?」

「ああ、思ってた以上だ。つやつやだね」

 アナスタシアの表情もずいぶん明るく、やわらかくなったみたいだ。心なしか、髪もなんとなくふんわり……? うっかりしてたな、あとで彼女にもブラシを貸してあげなくちゃ。

 エスターは猫たちを起こさないようダイニングテーブルに行った。

「熱はどう? 気分は? 昼は食べたの?」

「もう37度くらいまでさがったわ。気分もよくなった。ほんとうにありがとう、あなたのおかげよ。それと猫たちの。お昼は冷蔵庫にあったものを少しいただいたわ」エスターの質問に答えてから、アナスタシアはつづけた。「明日は大学に行こうと思うの。2日もやすんじゃったし、教授に話さなくちゃならないこともあるし」

「そうか」ちょっと残念だけど、このままずっと彼女がここにいられないのは当然のことだ。「明日は、動物病院にあずけてる子猫を迎えにいくことになったんだ。きみも行ける?」

 アナスタシアの顔がぱっと明るくなった。

「ほんとう? あの子、元気になったの?」

「ああ、もう退院してもいいって」

「よかった! うれしいわ、ぜひいっしょに行きたい!」アナスタシアはほんとうにうれしそうだった。「あ……でも……寮では動物は飼えないと思うの……どうしよう」

「しばらくはうちで預かるよ。さいわい、うつるような病気にはかかってなかった。すぐにこいつらといっしょに完全フリーにするわけにはいかないけど、ケージをここに置いて様子を見よう。もらってくれる人を探すか、どうするか……それはまたあとで考えればいい」

 そのことはさほど問題じゃないと思っているかのような口ぶりだった。

 エスターはそれから、意を決した顔でアナスタシアを見た。やっぱり放っておくわけにはいかないんだろうな。

「アナスタシア、しんどくないようなら、ちょっと話をしてもいいかな?」

 どこか真剣な口調に変わったことに気づき、アナスタシアは不安になって身がまえた。

 なんの話?

「これ――」エスターが写真を数枚、ダイニングテーブルに置いた。

 近づいていったアナスタシアは、それがなにかわかったとたん、さっと青ざめた。

「……どうして……」おびえたような目がエスターに向けられる。

 ああ、やっぱりそうなんだ。

「きみは、ぼくらと同じトリニティ・アカデミーに通っていたアナ・ゴールドなのか?」

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