■#13 Day 3 Wednesday Afternoon ~ Night ――3日目。水曜の午後~夜――

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アナスタシアとエスターの猫たち。

おだやかな時間のなかで、アナスタシアは猫たちとも不思議となじんでいく。


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 昼食後、エスターは課題や授業の準備があるといい、アナスタシアはまたエスターの部屋に戻ってやすんだ。

 極上のベッドでまどろみはじめたとき、また足元が小さな重みで沈むのを感じた。しかも今度は足元から少し上に移動して、腰のあたりまで近づいたような気がする。

 目を閉じたままそうっと手を伸ばしてみると、指先にものすごくふんわりとやわらかいものが当たった。こんな手ざわりは初めて……。むかし、猫のしっぽ形のストラップを持っていたけれど、ほんものの猫の毛はぜんぜんちがうのね……。

 カバンにつけていたあのストラップは、どこで落としたのか、気づいたらなくなっていた。あのころ猫が飼いたかったけど、ママが動物ぎらいで飼えなくて、猫の代わりみたいに思ってたのに。

 ぐる、ぐる。

 なんの音? 指先にふれている猫のほうから聞こえてくる。少し振動も伝わってくるような。

 ぐる、ぐる、ぐる……。

 なんだろう、とってもやすらぐ音……。

 アナスタシアはしあわせな気分で深い眠りへといざなわれていった。


 夕食のときにその話をしたら、エスターはまたものすごく驚いた。

「さわれたの? テラに!?」

「ええ、たぶん」アナスタシアはサラダチキンを口に入れながらいった。「目を開けて確認しなかったからわからないけど、たぶんテラだったと思うわ。猫の毛って、あんなにやわらかくて気持ちいいものなのね」

「そう、そう。裸足でなでてやっても、すごく気持ちがいいんだよ。猫もよろこぶし」エスターが笑う。「テラにはぼくもほとんどさわれないんだ、すごいな」

「そうなの?」

「うん。今度テラが近づいてきたらさ、ブラッシングを試してもらえない? あれだけ毛が長いのにさわれないからボサボサなんだよ。あれをきれいにしてやれたら、みちがえるようになると思うんだよね。まあ、ボサボサもカワイイんだけどさ」

 ボサボサもかわいい? アナスタシアは内心びっくりした。

「ブラッシングなんてわたしにできるかしら」自分がストレートパーマで大変身できたことが頭をよぎる。なんとなく、ウエーブが少し戻ってきてる気はするんだけどね……。

「無理はしなくていいよ。まずブラシを見せて、あごや首のあたりにさわってみて。いやがらなかったらでいいから」

「わかったわ、やってみる」


 そのチャンスはすぐに訪れた。

 夕食後にソファでやすんでいたアナスタシアのところへ、テラがやってきたのだ。

 エスターはまたびっくり。でもすごくうれしそうだ。

 人間が緊張しているのをよそに、テラはゆっくり優雅にリビングに入ってきて、当たり前のようにソファに飛び乗り、アナスタシアのとなりで箱形になった。

 エスターが身ぶりでソファ前のローテーブルに置いたブラシを指さす。

 アナスタシアは目でうなずいてそうっと体を伸ばし、ブラシを取ってテラに見せた。テラに動じた様子はない。そうっとブラシを近づけ、ちょん、とあごにふれる。テラがじっと見つめてくる。こわがったり怒ったりしているようには見えない。アナスタシアは思いきって、そのままあごを軽くなでてやった。テラは目を細め、じっとしている。

 エスターがキッチンカウンターから“やった!”とこぶしを振りあげていた。

 アナスタシアはブラシを少しずつ動かし、テラの首や胸元もなでてやった。

 ぐる、ぐる。

 あの音だ。

 だがそのとき、テラがぱっと目を開けて「シャーッ!」と鳴いた。

 びっくりしてテラの目線をたどると、アナスタシアの反対側のとなりにエアがいた。しかも、そのうしろにエルフ。そしてソファには上がっていないが、そばにリーフも。

「あっはっはっは!」エスターが大笑いした。「そいつら、きみにブラッシングしてもらいたくて並んでるよ」めちゃくちゃ楽しそうな笑顔。「さっきテラがぐるぐるいってたのは、気持ちよくてよろこんでたってこと。猫は気持ちよかったりうれしかったりするとのどを鳴らすんだ。シャーッていったのは、ほかのやつらにじゃまされそうで威嚇したんだよ」まだくっくっと笑っている。

「そうなんだ。わたしがベッドでなでたときも、ぐるぐるいったの。その音がなんだか心地よくて」

「うん、猫のぐるぐるは人間の気持ちをおだやかにする作用があるらしいよ」

「へえ、おもしろいわね。でもそのとおりだったと思う。研究してみるのもおもしろいかも」

 アナスタシアの手がおろそかになったせいか、テラはソファからおりてリビングを出ていってしまった。

「きみももうやすんで、まだ熱があるんだし。そいつらのブラッシングはぼくがやるよ」

「ううん、あと少しくらい平気。エアにもやってあげたい」アナスタシアはすでにひざの上に乗ってきていたダークグレーの猫の頭に、ちょん、とブラシでふれた。頭から背中にそって、お尻までやさしくブラシをすべらせてやる。エアはすぐに目を細め、ぐるぐるいいだした。顔のまわりがいちばん気持ちよさそうだ。アナスタシアのひざの上でぺたんと伏せて、見るからに幸せそうな顔をしている。

「かわいい……」アナスタシアはブラシだけでなく、もう片方の手も使って顔やあごをなでてやった。

 その様子に、エスターはいつしか見入っていた。彼女のほっそりとしたきれいな手が、指が、いとおしそうにエアをなでている。ひらひらと舞うような、優美な指。猫がかわいくてたまらないといわんばかりのやさしい横顔。

 いいな、エアのやつ……。あの手が、指が、あんな顔が……ぼくにも向けられたら……ぼくのものだったら……。ふいにエスターは、体がうずくような感覚に襲われた。

 そのときローテーブルに置いてあったアナスタシアのスマホがピロンと鳴り、エスターはわれに返った。

 アナはスマホを手に取ったが、表示を見て表情をくもらせた。

「どうした?」彼女の表情の変化を見てエスターがたずねる。

「ううん、なんでも。ちょっと研究のことで」アナスタシアはスマホを持ってゆっくり立ちあがった。名残惜しそうにエアがひざからおりる。メッセージの着信が1件。教授から。迷ったすえにメッセージはひらかなかった。

「ごめんなさい、もうやすむわ。おいしいディナーをごちそうさま」

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