■#10 Day 2 Tuesday Night (1) ――2日目。火曜の夜(1)――

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倒れたところをエスターに助けられたアナスタシア。

連れて行かれた彼の自宅コテージは、驚くような場所だった。


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 アナスタシアが次に目を覚ましたとき、点滴の管はもうなくなっていた。部屋も家のなかも静かで、ひとの気配もしない。

 ゆっくり体を起こすと、今度はそれほど強いめまいは襲ってこなかった。サイドボードに紙切れとミネラルウォーターのペットボトルが載っているのが目に入り、そっと手を伸ばして紙切れを取る。

“ちょっと動物病院に行ってくる。バスルームは部屋を出てすぐ向かいのドアだよ”

 丸みのある手書きの文字が、まっすぐきれいなラインで並んでいた。

 お言葉に甘えて、バスルームを借りることにする。

 アナスタシアはそろそろとベッドをおり、少しふらつきながらドアに行った。

 ドアを開けたとたん、なにかがピャッと飛び上がって廊下を走っていく。

 な、なに?

 あっというまでよくわからなかったが、小さな動物に見えた。

 バスルームのドアはすぐにわかり、大理石の広々したスペースと最新設備に目を丸くしながら使わせてもらった。

 さっきの部屋に戻りかけたが、廊下の先にリビングらしき大きな部屋が見えて、壁に手をついて体を支えながらそちらに向かった。

 一歩足を踏み入れたリビングは――見たこともないような摩訶不思議な光景が広がっていた。

 なに、ここ?

 20平方メートルはありそうな、広い部屋。

 しかも広いだけじゃない。天井に、数えきれないほどの梁が迷路みたいに何本も走っている。いったいなんなんだろう? アート作品? 天井アート? でも天井だけじゃない。天井から壁を伝って、床までつながる通路のような階段があちこちについている。

 あまりの光景にぼうっと突っ立っていると、梁の一部からひょこっとなにかが顔を出した。

 猫だ。

 小麦色で、鼻のあたりから口のまわりまでにんにくの形みたいに白が入っている。

 と思ったら、ピュピュッと矢のような動きでダークグレーの猫が壁の階段を伝って、飛ぶように床までおりてきた。

 よく見れば、真っ白な猫も梁の途中で丸くなって、白いしっぽだけがぷらんと下がっている。

 キャビネットやソファの上などあちこちに彼らのベッドらしきものが置かれ、湧き水みたいな水飲み場がいくつかあるのも、そのとき初めて気づいた。

 猫がいっぱい……。

 猫たちは、好奇心か、警戒心か、あきらかにアナスタシアに意識を集中させている。

 ダークグレーの猫が近寄ろうか、と小さな足を一歩前に出したところで、スライドドアがウィーンと開いてエスターが帰ってきた。

「あ、起きた? よかった」彼は食材らしきものが入った袋を両手にさげている。

「あ、はい、あの……猫たち……」いきなりすぎてなにをいったらいいのかわからない。

「ああ、ごめん。なにもいってなくて。いうひまもなかったから」エスターはキッチンスペースまですたすたと歩いていって、袋をカウンターに置いた。「こいつら、ぼくの猫。3匹はたいていここにいて、あと1匹は2階にいるんだけど、あちこち好きに行けるようになってて。びっくりした?」

「え、ええ、まあ」アナスタシアは両手をお尻にこすりつけた。「いきなりだったから」

 そこで、猫の話なんかしてる場合じゃなかったと思い出し、あわてて話した。

「あの、ごめんなさい、ほんとうに迷惑かけて。すぐに帰るから、ほんとごめんなさい、お世話になりました」

「なにいってるの、まだふらふらしてるじゃん。熱が出てきてるんじゃないかなあ。メグもゆっくりやすめっていってたよ。もう遅いし、泊まってっていいから」エスターは次々に食材を袋から出している。

「えっ? まさかそんなこと」アナスタシアは目をみはった。

「気にしなくていいよ、部屋はいっぱいあるし。はい、体温計」食材を出す途中で引き出しから出したのだろう、体温計をアナスタシアに持ってくる。「そこのソファにでも座って」そっとエスコートするように彼女をソファに連れていき、座らせた。

 エスターのTシャツとコットンパンツはかなり大きかったようで、袖と裾を折り返している。肩もずり落ちて、だぶだぶの布地から出た首や手首や足首がやけに細く見える。くたびれた感じがなんだかかわいいじゃないか……。

 彼はそんなことを思いながら、キッチンカウンターに戻って話をつづけた。「子猫のことだけど。今日はうちのかかりつけの動物病院で預かってもらったよ。うちのやつらとすぐにいっしょにするわけにはいかないから。とりあえずノミ取りと、虫下しと、血液検査と、きみと同じく点滴。あの子もそうとう弱ってたみたいだ」

「ごめんなさい、わたしだけでなく猫のことでも迷惑かけたのね。でも、わたし、猫のことはなにもわからなくて――」

「うーん、まあ、そのへんはまたおいおいにね」

 ピピッと体温計が鳴り、アナスタシアは表示を見た。38度5分。けっこうあった。

「何度?」ききながらもエスターはやってきて、表示を覗いた。「ああ、やっぱり熱出た」

 体温計を彼女の手から取り、ケースに戻しながらキッチンに戻る。

「ちょうど前につくって冷凍しといたチキンスープがあるから、いろいろ具材を入れて食べよう。パンも買ってきたよ」

 しゃべりながらもエスターは手際よく作業を進めていくのだった。

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