エスターと運命の1週間 ― Who’s that girl? - His seven crucial days in Los Angels ―
■#04 Day 1 Monday Evening (2) ――1日目。月曜の晩(2)――
■#04 Day 1 Monday Evening (2) ――1日目。月曜の晩(2)――
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エスターとの再会に胸を高鳴らせるアナスタシア。
しかし彼らの輪に入っていくことはできなくて――。
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アナスタシアはどきどきしながら、年配の男たちにうわの空で挨拶の言葉をつぶやいていた。
「こんばんは、マクドネル教授」明るい栗色の髪をボブスタイルにした女性が、新たに会話に加わった
「おや、リンジー、いいところに来たね」教授が眉をくいっと上げた。
「みなさん、アナスタシア、紹介しよう。今年からメディカルスクールのリンジー・キャラウェイだ。アナスタシアとは専攻が少しちがうが、彼女もひじょうに優秀でね。いつも助けてもらっている」
大人っぽい美人……すごく落ち着いて見えるわ。アナスタシアはうかがうように小さく会釈した。
「よろしくね、あなたもメディカルスクール?」リンジーがアナスタシアに握手の手を差し出す。
「あ、そうです、プリンストンから。よろしくお願いします」アナスタシアが彼女の手を取ると、力強く握り返された。
まっすぐに見返してくる自信満々のまなざしに気圧されて、アナスタシアは思わず視線をはずした。すると、ちょうどその先にエスターがいて――ばっちり目が合ってしまった。
どきん。
正面から見る彼の顔は、横顔以上に美しかった。澄んだエメラルドの瞳はむかしとちっとも変わっていない。つややかな黒髪はフォーマルなスタイルにセットされ、少しカールした長めの前髪がふわっと額にかかって、メンズファッション誌の表紙みたい。目がそらせない。
となりのリンジーが教授に会釈し、その場を離れた。なんとエスターとクレアのほうに向かっていく。いつのまにかそこにはもうひとり、金髪のたくましい青年が加わっていた。彼にもなんとなく見覚えがあるような気がするけど――。
「元気そうね、エスター、久しぶり」リンジーがいった。
ああ、やっぱり彼はエスターなんだ! リンジーはエスターと知り合い? じゃあ、さっき彼がこっちを見ていたのはリンジーがいたから?
「やあ、リンジー」エスターが首をかたむけて返事をする。
「お友だち?」リンジーは彼のとなりにいるふたりを見た。
「そう、友人のクレアとマーク。ふたりとも同じプライベートスクール出身なんだ。こちらはリンジー、今年からメディカルスクールで、3年先輩だ」
マークが握手の手を差し出した。ああ、そうだった――体が大きくてスポーツ万能の男の子がいたっけ。マークとリンジーが握手する。
次にクレアとリンジー――ふたりのあいだには火花が散ったような気がした。互いに向ける目がこわい。とくにクレアがリンジーをにらみつけているような――。
「エスター、どういう知り合いなの?」クレアがきいた。
「どういうって――先輩だよ。去年たまたま同じ講義を取ってて、お世話になったんだ。難しいところを教えてもらったりして」
「ふうん」クレアはくちびるを突き出している。
「クレアとマーク、ね? あなたたちも聞きたいことがあればいつでも教えてあげるわよ。エスターの友だちなら大歓迎」リンジーが両眉をくいっと上げて鷹揚に返した。
「それはありがたいな。ぼく、統計学に弱くて」マークが頭をかきながらいった。父親が大手ショッピングモールを経営する彼もエスターと同じ経営学専攻だが、成績はいまひとつだった。
アナスタシアは彼らの輪に入っていくことができず、そっと背を向けた。エスターを見ていたいけど、ただ近くに突っ立っているだけなんておかしすぎる。
だから気づかなかった。エスターの視線が彼女の背中を追いかけていたことに――。
それからの2時間をなんとか乗り切ったアナスタシアは、ロビーの観葉植物の陰にあるソファに座ってほっと息をついた。
よかった、無事に終わって。早く寮に帰ってやすみたいな。
明日から本格的に大学が始まる。まとめた治験結果について、明日は教授に報告をしなきゃならない。あまり喜ばしい結果とはいえないから、気が重いけど……。
でも、エスターとの再会は予想外のうれしいサプライズだった。同じ大学に彼がいると思うだけで、100倍がんばれそうな気がする。
アナスタシアはスマホを上着のポケットから取り出して、電源ボタンを押した。
パッと明るくなって待受画面が浮かび上がる。
“エスター・ハート”のアカウントと“ありがとう”のひとこと。
大事な、大事な、ツイッター画面のスクリーンショットだ。
「エスターったら今夜もモテモテだったわね」クレアの声がホールのほうから聞こえた。
振り向くと、ちょうどエスターとクレアとマークが連れ立ってホールから出てくるところだった。
「そういうんじゃないから」エスターが軽い調子で答えている。
「うそ。メディカルスクールのリンジーとか、芸術学部のエマとか、マスコミ専攻のローラとか、ほかにも数えきれないくらい女の子から声をかけられてたじゃない」
「まったく、うらやましいったらないよ」マークがからかうようにぼやく。
「そっちこそ、チアのフェイと仲良く話してたじゃないか」
「あれは、おまえを紹介してくれっていわれてたんだ! チアのマドンナまで持ってくんだからなあ、かんべんしてくれよ」マークがちらりとクレアを見る。
「ほんと、油断もすきもないわよね」とクレア。「いったい何人とつきあってるの?」
「べつにそんなんじゃないって。みんな仲のいい友だちだよ」
「ふうん、そうかしら」クレアは納得のいかない顔だ。「ねえ、エスター……プラチナブロンドのロングヘアのひとがいたわよね? マクドネル教授といっしょにいた背の高いひと。あのひとも2次会に来る?」
えっ?
アナスタシアは思いがけず耳に入った言葉にびっくりした。プラチナブロンドのロングヘアはほかにもいたかもしれないが、マクドネル教授といっしょにいたとなると自分のことだろう。つまりクレアは、アナスタシアがだれだかわからなかったのだ。まあ、そのほうがありがたいけど――。
「さあ、知らないよ」エスターが答える。
「ほんと? 彼女のほうをよく見てたじゃない。だから知り合いなのかと思ったの」クレアはなおもいった。
自分のことが話題になるなんて思ってもみなかったが、アナスタシアは出ていきにくくなってしまった。どうか見つかりませんように……観葉植物の陰にできるだけ引っこむ。
「知り合いじゃないし、そんなに見てもいないよ」とエスター。
「なんか目立ってたわよね、あのひと」
目立ってた? どうして? なにかおかしかった?
「男の視線を集めちゃってさ」
男の視線を集めた?? だれが?
「あー、おれもちょっと見ちゃった。東欧系のクールビューティって感じだったよな」マークもコメントする。「おれは元気なアメリカンビューティがいいけど」とクレアのことをにおわせるのは忘れない。
東欧系のクールビューティ? うそ、なにかのまちがいでしょ。
「エスターもけっこうああいうひとが好きだったりして?」クレアは軽い口調でいったが、わずかに頬がひきつっていた。
え、ちょっと待って……エスターにそんな質問――。
アナスタシアが内心あせった、その直後。
「あー……いや、ああいうのは趣味じゃないな。ああいう髪――」
アナスタシアは、頭から氷水を浴びせられたかと思った。
“趣味じゃない……ああいう髪……趣味じゃない……趣味じゃない……”
エスターの言葉が何度も脳内でリフレインする。
彼女のなかで、唐突になにかがせり上がってきた。
怒りとはちがう、泣きたくなるような、なにか――。
気づいたときには観葉植物の陰から飛び出し、エスターの頬をひっぱたいていた。
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