■#03 Day 1 Monday Evening (1) ――1日目。月曜の晩(1)――

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ウェルカムパーティが始まり、かつて同級生だったエスター、アナスタシア、クレア、マークが予期せぬ再会を果たす。


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 夕方6時前、大学のホールに人が集まりはじめた。

 早めに来ておいたほうが安心できると思って30分以上も前に来たけれど、大正解だった。大勢でにぎわっているところに足を踏み入れるのは、ものすごく勇気がいるから。

 受付に到着した教授の顔が見えて、アナスタシアは足早に近づいた。

「マクドネル教授!」

 受付をすませた教授が顔を上げた。

「アナスタシア」おだやかな笑顔が返ってきた。40代なかばの教授は、いつもどおりブランドもののスーツをおしゃれに着こなし、白髪が交じりはじめた長めの髪をきちんとセットして流している。やさしくて、かっこよくて、おまけに研究実績もすごいのだから、学生に人気があるのもうなずける。

「よかったよ、すぐに会えて。研究室まわりのスタッフには今朝紹介したが、当局や他学部の人間にも会わせたいと思っていたからね」

 笑顔でいった教授は、ふとアナスタシアの変化にいま気づいたというように視線を上下に走らせた。

「きみのスーツ姿は初めてだな。もっと華やかな格好でもよかったんだが、見ちがえたよ。朝も思ったが、女性は髪型でずいぶん変わるものだ。うん、いいね」

 にこやかにいわれて、アナスタシアはホッとした。

 背が高いので思ったよりスカート丈が短くなってしまい、ふだん出したことがないくらい脚が露出している。いつもはジーンズばかりだから……。

 メイクも苦労した。最初はなにもかもつけすぎて、自分でもぎょっとするほどケバケバしい仕上がりになってしまった。あわてて落として(クレンジングまでは用意がなかったので石けんで何度も洗った)、慎重に、慎重に、うす~く塗った。

 でも、アナスタシアはわかっていなかった。

 自分がモデルみたいになっていることに。

 身長178センチ、ほっそりと長い手脚、プラチナブロンドのサラサラロングヘア、雪のように白い肌。たとえ薄付きでも最新モード系の色味は白い肌にあざやかに映え、アクアマリンの瞳と高い頬骨とともにシャープな印象を醸し出している。

 彼女の近くを通る男たちは例外なくちらちらと視線を向け、いったいあの美女はだれだろうという表情を浮かべていた。UCLAの芸術系の学部学科には、芸能人の卵もたくさん在籍しているのだ。

「まずは当局の連中だな。将来有望な医学博士となるきみを、みんなに紹介しておこう」

 教授はスマートにアナスタシアをエスコートし、それらしき男性たちが談笑している場へと足を向けた。


「ふう、間に合った!」クレアがエスターと並んで受付に到着した。「ごめんね、直前にドレスを着替えたりして。でもやっぱりこっちのほうがいいと思って」それほど申し訳ないとも思っていない笑顔でクレアはいった。

「いいよ、べつに遅れたってかまわないパーティだし。その白のドレス、すごく似合ってる」エスターはにこっと笑って応えた。クレアの小麦色の肌を輝かせる、シンプルな白のドレス。スカートはたっぷりひだがあって、動くたびに揺れるのが美しい。

「うふふ、ありがと! あなたのスーツもステキよ。これ、ゼニア?」クレアはエスターの上着の襟をなでた。

「うん、このあいだ作ったばかりでちょうどよかったんだ」片方の口角をあげてほほ笑むと、エスターは会場を見まわした。「マークのやつ、もう来てるかな」

 ウェルカムドリンクをふたつ取ってクレアにひとつ渡し、ホールの奥へと入っていった。


 マークを見つけるより先に、キラキラ光る長い髪が目に飛びこんできた。

 白く発光するかのようなプラチナブロンド。

 その持ち主は、ロングヘアの縦長効果がなくても“ほっそり”という印象しか持てないくらい、きゃしゃな体をしていた。背が高い。

 思わず知らず、8年前の光景がよみがえった――白い天井と、板張りの壁。広くて豪華な特別室。あのつらい日々のなか、何度も目にした、長いサラサラの金髪が揺れる白衣の背中。あの背中に励まされ、壊れかけの小さな心臓をどきどきさせた。結局、ほんとうに壊れるかと思うような気分も味わったけど……。

 ほろ苦い――いや、苦い苦い、思い出だ。

 エスターは少し冷めた目で、少し離れた場所にいるプラチナブロンドの女性を見つめた。

 学生かな? 昨年は見かけたことなかったよな。

 となりにいるのはたしか……有名なマクドネル教授だ。医科学研究所の所長だったはず。

 ということは、メディカルスクールの医学生?

 そういえば、リンジーも今年からメディカルスクールといってたっけ。

 とにかく、学生というよりモデルか女優みたいだ……ほら、まわりの男たちがみんな見てる。


 アナスタシアは心臓が爆発しそうになっていた。

 さっき、すぐそばをすれちがった男女。女性のほうはクレア・ハーストだった。小学生のころから大人びていて完成されていた彼女は、あのころのまま大きくなっていて、すぐにわかった。

 そのクレアをエスコートしていたひと――クレアがやけに親しげに腕を組んで、寄り添っていた男性。

 黒髪で、グリーンの瞳で、長身で、ノーブルな顔立ちの。

 まさか……エスターなの……?

 アナスタシアは大学当局のおえら方に紹介されながら、視界のすみでエスターらしき青年の姿をとらえていた。

 すごく背が高くなった。180センチ台の半ばはありそう。やさしげな面差しは変わらないけど、日焼けした顔は健康そうで、全身にきれいな筋肉がついていて、姿勢もいい。

 むかしはどちらかといえば小柄で、陶器みたいに白い肌で、たまにしか学校に来ていなかった。なにか病気があるんだって聞いていた。でも成績はよかったし、天使のような美形で性格もよくて、登校したら女の子たちがいつも騒いでて――。

 うそみたい、うそみたい、エスターに会えるなんて。

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