エスターと運命の1週間 ― Who’s that girl? - His seven crucial days in Los Angels ―
■#02 Day 1 Monday Afternoon ――1日目。月曜の午後――
■#02 Day 1 Monday Afternoon ――1日目。月曜の午後――
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UCLAのメディカルスクール(大学院相当)で大学生活をスタートさせるアナスタシア・シチェルヴァコヴァ。彼女はとにかく貧乏だった……。
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100ドル……100ドルのレンタルスーツ。
その横には5cmヒールのパンプスと、小さなコスメの試供品。
まだ荷ほどきもすんでいない雑然としたせまい部屋で、アナスタシアは小さなベッドに広げたスーツと靴とコスメを見つめていた。
パンプスのレンタル料は少しまけてもらったけど、それでも25ドルかかった。
うぅ……もうちょっと安いのがあったかも……古着とか買ったほうが安かったのかも……でも引っ越しやらなにやらで、それどころじゃなかったし。
髪はまとも――なはず。
1週間前、ほんとうに大奮発して、1年ぶり? 1年半ぶり? にヘアサロンに行った。
しかも、初のストレートパーマなんてものまでかけてもらった。
わたしの髪がこんなにサラツヤになったところ、いまだかつて見たことがない。150ドルもかかったけど、これはやってよかったと思う。このサラツヤがどれくらいもつのかわからないけど……だれに見せるわけでもないんだけど……。
ふと、天使みたいにかわいらしくて完璧な少年の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
彼に会えるなんて思ってるわけじゃない。彼がUCLAにいるかどうかもわからない。でも……カリフォルニアに戻ると思ったらなんだかそわそわして、最大のコンプレックスである髪をなんとかしてみようかって気になっただけ。子どものころの赤毛はいつのまにか金色に変わってくれたけど、くるくるは変わっていないから……。
まあ、ああいうのを“出来心”っていうんだろう。
とにかくいまのわたしの髪はものすごくサラツヤ。
プラチナゴールドの髪がサラサラと揺れるのはほんとうに悪くない。
だから髪はいいとして――問題はメイクだ。
メイクなんてしたことがないから、なにも持っていなかった。
学生はメイクなんてしなくてもいいんじゃないかと思うんだけど、マクドネル教授から「せっかくのパーティだ、少しくらいおしゃれしてきなさい」とやんわりリクエストされて、少しくらいってどれくらい?と思いながらネット検索した。院生ともなればもう社会人も同然で、スーツを着るなら少しはメイクしたほうがいいのかもしれないという結論に達した。
院生といったって、ほんとうならまだ大学2年の20歳なんだけど……。
ダイソーで5ドルくらいでなんとかならないかと思ってたけど、そうだ!と思いついて、スーパーのコスメ売り場で試供品をもらってきた。
とりあえず、もらったものを塗ればなんとかなるわよね。
UCLAの寮に越してきて今日で5日。
入寮は下級生ほど優先されるから、メディカルスクール1年目のわたしが住めるのはたぶん1年間だけ。そんな期限付きだけど、寮に入れたのはラッキーだった。しかも、めちゃくちゃ数の少ない個室。人づきあいが苦手だからすごく助かる。それもこれも、マクドネル教授のおかげだ。
教授にはもう感謝しかない。プリンストンに在学中、学会がらみで知り合ったわたしの研究に興味を持ってくれて、メディカルスクールに進むところでUCLAに呼んでくれた。引き続き奨学金を受けられることになったのも、教授の推薦の力が大きい。おまけに教授の研究のお手伝いでバイト代が入ってくるのも、ほんとうに、ほんとうにありがたい。いまも新薬の治験のまとめをまかされている。ちょっと結果に問題がありそうなのは残念だけど……。
とにかく、いつもお金がない。プリンストン時代の奨学金を返していかなきゃならないし、お世話になった“施設”にも少しでも恩返ししたいし。
なのに、引越し代とスーツのレンタル代と美容院代がかさんで今月は大ピンチ。
困ったな……食費を削るしかないよね……。
寮では食事も出るけど、少しでも節約したくて今月は断った。
アナスタシアは小さくため息をついて、備品の小さな冷蔵庫を見やった。なかに入っているのはヨーグルトと見切り品のりんごとにんじんだけ。冷蔵庫の上には、50%Off!のシールが目立つプライベートブランドのパン。これで何日か食いつなぐしかない。学内のカフェテリアにもしばらくは行けないな……。
とにかく、これからパーティに出る準備をしなくちゃ。
シャワーを浴びて、慣れないメイクをして、慣れないスーツに着替えて、慣れないパンプスをはく。
パーティに出ても教授以外の知り合いはいない。華やかな場は考えただけで胃が痛くなりそうだけど、なんとかうまく切り抜けないと。
そして、ここで研究をがんばるの。
わたしにはそれしかない。むかしから――。
アナスタシアは細くて長い脚で部屋の奥に進み、窓を開けた。
カラッとしたあたたかい風が、勢いよく吹きこんできた。
なつかしいカリフォルニア。8年ぶりだっけ? まぶしい太陽は変わらない。
またここに戻ってくることになるなんて、思ってもみなかった。
ある意味、しあわせだった子ども時代を過ごした場所。
甘酸っぱい思い出。
エスター・ハート……。
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