1-2 アリア、誤解される
ゴブリンとの戦闘があった翌日。アリアは歩いていた。地図を見ながら、直感で進んで行く。正直地図は役に立っていない。
「あれは、家?」
沢山の家がある場所を見つける。三角屋根が特徴的で、煙突があった。
アリアは村を見つけた。速足で進む。
「ここ、村だ」
アリアは小さな村に到着した。すると
「うっ……」
突如視界が揺らぐ。立てる気力も残っておらず、アリアは村の前で倒れてしまった。
倒れた理由は空腹だった。昨日何も食べておらず、ずっと道を進んできた。ここまで来た無理が身体に襲い掛かる。
「立てない……これ、不味い?」
命に別状はない。幸運だったのは、倒れた場所が村の前であること。
「嗚呼……誰か、たすけ、て――」
そう言い残すとアリアは意識を失った。
何かが倒れた音が聞こえた。偶然、外にいた村娘は音がした方へと向かう。村娘は見知らぬ誰かが倒れているのを発見する。倒れている姿に動揺するが、すぐに駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
村娘は倒れている誰かに声を掛ける。倒れている誰かは返事をしない。村娘は身体を持ち上げる。
「女の子!?」
倒れているのが少女であったことに動揺を隠せなかった。それでも村娘は、少女の脈を確認する。
「よかった、生きてる」
銀髪が特徴的な少女の安否を確認し、安堵する村娘。騒ぎを聞き付けたのか村人達がやってきた。
「おい、どうしたんだ!」
「それが、女の子が倒れていたんです」
「なに!?」
女の子が倒れている事態にざわつき始める。
「取り敢えず、この子を私の家に運んで下さい!」
「分かった!」
身体つきの良い村人が少女をお姫様抱っこで持ち上げる。村娘と村人達は、村娘の家まで入る。少女はベットの上に寝かす。身に付けていた装備等は村娘が外し、机の上へと置いた。
「しかし、この子はいったい何処からやって来たんだ」
「何がどうなっている」
「こっちも村のことで手一杯なのに」
村人達の話題は倒れていた銀髪の少女。少女の格好は冒険者と同じだった。
「きっと、私達を助けに来たんだよ!」
茶髪のショートヘアの村娘は村人達に言った。銀髪の少女が
銀髪の少女は
村娘の意見とは反対の意見も出てきた。
「そんな訳ないだろ」
「じゃあなんで倒れてたんだ」
「それに、この少女が
「それは……」
村娘は何も言い返せない。どちらが正しいとすれば村人達の意見だった。
「まあまあ、この話は一旦なしじゃ。今はこの少女の様子を見よう」
白髭と白髪のある村長が現れ場を治める。村長の言葉を聞いた村娘と村人達は静かにした。
「セラ以外は戻って良いぞ」
村人達は去っていく。残ったのは村長と村娘の『セラ』だった。
「セラ、この少女のことを頼む。起きたら適当に食事でも振舞ってくれ」
「分かりました。村長も無理しないで下さいね」
「はっはっは。まだ心配されるような歳ではないわ」
村長は笑う。心配される歳ではないと言ったが、結構な年寄りである。
村長の表情が笑みから真顔になる。真剣な眼差しを銀髪の少女に向けていた。村を救ってくれるかもしれない。そんな現実的じゃない期待を、密かに抱いていた。それを口にすることなく村長は立ち去った。
「う、うーん。ここは」
銀髪の少女、アリアは目を覚ます。最初に視界に入ったのは見慣れない天井だった。意識を取り戻したアリアはゆっくりと身体を起こす。彼女はここに至るまでの状況を整理しようとした。
「私は確か――」
「大丈夫ですか! 騎士さん!」
突如隣から大声で話し掛けられるアリアはとても驚いてしまう。セラは少女の体調を気にしている。アリアは自分の体調について聞かれていることに気付いた。
「大丈夫で――」
ここでアリアの腹から音が鳴る。思わず言葉が途切れてしまった。セラも少女がお腹が空いていることに気付く。
「お腹空いてるんですね!」
「……はい」
アリアの頬は少しばかり赤かった。そのアリアの鼻にいい匂いが入る。今まで抑えてきた食欲が出てきそうだった。
セラが腹ペコの少女にある提案を持ち掛けた。
「よかったら一緒に食べる?」
セラは少女を食事に誘う。当然アリアには断る理由もなく
「お言葉に甘えさせて頂きます!」
承諾する。空腹をこれ以上耐えるは出来なかった。
「分かりました! 準備しますね」
セラは興奮気味に返答する。余程少女の助けになることが嬉しいようだ。
それをアリアは何となく感じ取っていた。何かした覚えもないが。
「そういえば装備は……あそこか」
ふと身に付けていた装備が無いことに気付く。見てみると机の上に置かれていた。
「食事する時に邪魔だな、退かしますか」
アリアはベットから降りて装備を回収。そのまま装備をベットの横へと移動させた。
アリアは椅子に座る。そこへセラがスープを出した。皿とスプーンは木製である。セラも自分のスープを置くと椅子に座った。2人は手を合わせる。
「「いただきます」」
アリアとセラはスープを食べる。野菜が入っていた。
アリアは空腹状態だったのでより美味しく感じる。今まで空腹だった腹が満たされていく。表情は自然と緩んでいた。
「味はどうですか?」
「美味しいです」
「本当ですか!? 嬉しいなぁ」
セラは少女から褒められて嬉しかった。感想を聞いて表情が微笑む。
その後は黙々と食べ続ける。セラは時々少女を見ると、美味しそうに食べている姿があった。
アリアは心の底から美味しく食べていた。腹もだが、心も満たされていた。
「「ごちそうさまでした」」
暫くして2人の食事は落ち着いた。
「とても美味しそうに食べていましたね」
「身体も心も満たされました。それで、聞きたいことがあるのですが」
「うん? どうかしたのですか?」
「私が倒れた後何があったか教えてくれませんか?」
「分かりました! まず――」
セラは少女が倒れた後の経緯を説明する。それを少女であるアリアは聞いた。
「なるほど。……ありがとうございます。貴女達に助けて頂けなかったら、私は今頃餓死していたでしょう」
実際アリアはかなり無理をしていた。本人にその自覚があったかといえば微妙なところである。
「そこまでお腹空いてたんですね」
「面目ないです」
会話が弾むアリアとセラ。しかし会話が終わると同時にセラの表情が険しくなる。その変化にアリアは気付いた。
「……何か困っていることでもあるのですか?」
「えっ?」
「顔に書いてありますよ?」
無論見えている訳ではない。ただの勘である。それに疑問形で返してしまっている。
それでもセラには本当に顔に書かれているのではと考え、白状する。
「流石騎士さん、私の顔を見ただけで考えを見抜くなんて」
「いや私は」
「聞いてくれますか?」
「聞きましょう」
なんか誤解されていることを理解しながらも、アリアは真剣な表情でセラの話を聞こうとする。セラは村の現状を打ち明けた。
「実は、村の食料はもう僅かしかないんです」
「なっ!?」
アリアは驚いた。セラの言うことが本当ならアリアが余所者にも関わらず、僅かな食料を施したのだ。
「私達は普段、貿易で食材を手に入れます。だけど貿易で使う道に、トロールが現れたのです」
「『トロール』? すみませんトロールとはなんですか?」
『トロール』という聞いたことのない単語にアリアは質問する。セラはほんの少し動揺したが、説明してくれた。
「トロールは巨大で凶暴な魔物です。普段はあまり魔物なんていないのに、突如現れたんです」
「なるほど」
「私達は魔物と戦ったことがありません。なので今ある食材だけで耐えてきました。それもあと僅かしか残ってません」
アリアは説明を受けて大体把握した。この村は貿易で食材を確保している。トロールが現れたことでそれが不可能となった。
「ではトロールを倒せば良いのですね」
「……えっ?」
アリアの発言にセラは驚く。願ってもないことだった。
「い、良いんですか?」
「はい」
「あ、ありがとうございます! でも、どうして?」
セラはアリアを見る。少女だった。それも倒せば良いと言った。だけど何故そこまでしてくれるのか分からない。
それをアリアは当然のことではと考えながら返答する。
「私は貴女達に助けられました。施されました。だから恩返しをしたいのです」
「騎士さん!」
セラは興奮気味にアリアを見つめる。その瞳は何処か眩しかった。だがアリアには修正すべき点があった。
「あの、私は騎士ではありません」
「えっ!?」
セラはずっと誤解していた。アリアは騎士ではない。
「私は昨日家を出た、ただの少女です」
「そ、そうだったんだ」
アリアはセラが抱いていた誤解を訂正した。セラは誤解していたことの恥ずかしさからか頬が赤くなる。
「恥ずかしいなぁ」
「それでも二言はありません。必ず倒します」
アリアは倒すと申した。追い返すではない。全ては助けてくれた村人達、そしてセラへの恩返しの為である。
セラは迷う。倒してくれるのはこちらとしても嬉しい限りだ。しかし本当に向かわせて良いのだろうか? もしかしたら死んでしまうかもしれない。大怪我を負わせることになるのかもしれない。そんな不安がある。
セラはアリアの目を見る。その目を見ると安心した。本当に倒してくれるかもしれない。
セラは決断する。
「お願いします!!」
セラは椅子から立ち上がり、アリアに頭を下げた。村の未来をアリアに託した。
アリアも椅子から立ち上がる。
「顔を上げて下さい」
セラは言葉通りに顔を上げる。そこには微笑んでいるアリアの姿があった。
アリアはまだやっていなかったことに気付く。それは初歩的なことだった。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」
セラがずっと騎士さんと言っていたのでつい忘れていた。まだ自己紹介をしていなかった。
「私はアリア。貴女は」
「私はセラ」
アリアとセラは初めてお互いの名前を知る。自己紹介が終わると、アリアが口を開く。
「セラ。私は騎士ではないですが、村の危機を救います。それが私からの恩返しです」
アリアは騎士じゃない。剣技も三流以下。それでも応えたい。見ず知らずの自分を助けた恩返し。誤解であろうとも、
この恩返しは誓いである。無様に戦おうとも、騎士の戦い方じゃないとしても、必ず倒してみせる。
今宵、村を脅かすトロールと対峙する。
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