転生したので騎士になります

アンリミテッド

1-1 異世界に転生しました

1-1 異世界に転生しました

 それは突然のことだった。


 独りぼっちな彼女。家族はいなくて、孤独な彼女。そんな彼女は目を覚ます。


「あれ? ここは、何処だ? 私は……」


 ここは自分の家だ。彼女はボロボロのベット上で目を覚ました。しかし本人は。更に


「……私?」


 彼女は「私」と一人称を発する。だけどそれに違和感を感じる。記憶を巡らせると自分の一人称は「」だった筈だ。

 彼女は起き上がり、周りを見渡す。見慣れた部屋の筈なのに、やはり違和感を覚える。


 彼女が見渡した時、巨大な鏡があった。彼女はベットから降りて、鏡に向かう。そして、自分の姿を見た。


 銀髪が特徴的で、長髪だった。瞳は水色。背はそこまで高くはない少女の姿が写し出されていた。


「あれ? 私は、私はっ!」


 ここで彼女は思い出す。いや、が蘇る。

 なんの変哲もない普通の人生。食べて、働いて、寝る。結婚が出来なかったのだけは悔やまれる。最後の瞬間、何故死んだのかは思い出せなかった。それでも精一杯生きた記憶だった。


 この瞬間理解した。


「私、転生してる」




 彼女はベットの上に腰を下ろすと、再び記憶を巡らせた。前世の記憶ではなく、少女としての記憶だった。


「私の名前は、アリア」


 銀色の少女の名は『アリア』。人気のない静かな場所に家を持ち、父と母、そして姉と過ごしていた。

 だが父と母は既にいない。姉も冒険者になって、突如行方不明となった。


「姉さんの名前は、アリム」


 アリアの姉、名前は『アリム』。

 思い出す。冒険者の仲間が家に来てアリムが、姉が行方不明になったことを伝えた日のこと。途方に暮れて、絶望して、生きる気力を無くしたこと。

 思い出せたのは自分の名前と、家族と、姉が行方不明になった日のことだった。それ以外は思い出せなかった。


「……辛い」


 つい口にしてしまう。身内はもうおらず、アリムがいなくなってからずっと独りぼっち。こんな人生冗談じゃない。


 前世の記憶を取り戻したアリア。前世では男であり、少女の自分を見た時転生したのだと自覚した。そして分かったことがある。


「冒険者がいるってことは、異世界?」


 空想の産物。ゲームかアニメでよく聞く言葉。それが異世界。もし異世界があると言われたら、割と信じる派である。だけど知識は浅かった。


「ある程度知識があれば良かったけど――」


 残念ながら前世の記憶で役に立ちそうなものはない。ゲームやアニメもそんな見ていなかった。


「せっかく異世界に来たから、エンジョイしたいな」


 こんな経験滅多にしない。それがまさか自分に来るとは思ってもいなかったが。やはり楽しまなければ損だろう。

 アリアは立ち上がり、再度鏡の前に立つ。


「まだやれる。踏み出せる」


 目的や目標なんて決めてない。しかしここにいるだけなのは嫌だった。冒険に出たい。異世界を知りたい。心は微かに火を灯していた。


「私は私を諦めない。こんな人生冗談じゃない。私は、異世界を、満喫するんだ!」


 異世界に転生した少女アリア。この世界を心の底から満喫することを決意した。




 アリアは早速行動に移す。家中を回り使えるものがないか探した。出てきたのは防具と西洋剣。地図。でも残念なことがあった。


「お金が、無い」


 絶望的にお金が無かった。


 三度アリアは鏡の前に立つ。その姿は変わっていた。

 白の上着に灰色のスカート。茶色のブーツ。腰には西洋剣。胸、両腕の前腕に銀色のプレートアーマーを装備した。


「スカートなんか初めてだ」


 今も少女として転生したことに動揺している。スカート穿つ時なんかめっちゃ緊張した。


「これが、冒険者、なのか?」


 装備はまるで、ゲームで言うところの初期装備に近い。心は何処か興奮している。


「私はアリア。転生して、前世の記憶があるただの少女」


 鏡の前でアリアは呟く。自分に言い聞かせるように。一人称は私に落ち着いた。今生きているのはアリアだから。

 地図を持って、少しボロボロな袋を肩に担ぐ。


「行ってきます」


 それは過去の自分との決別。異世界に踏み出す。恐らく長くは帰ってこないだろう。

 アリアは扉を開けて家を出る。全ては異世界でエンジョイし、辛い人生を埋め尽くす為に。


 だけど本当に異世界を満喫出来るだろうか? そのことをまだアリアは知らない。




「うーん! 空気が美味しい!」


 アリアは両腕を伸ばす。現在森と平野の間にある道を歩いていた。

 アリアは空気を吸い込む。滅茶苦茶美味しかった。腹が満たされる訳ではない。だけど心は満たされていた。


「でも、悠長にしている余裕ないんだよね」


 アリアは現実を見る。実はアリアは何も食べていなかった。家に食材が無かったのだ。昨日食べたすら分からない。


「お金も絶望的に少なかったし。町で働くことも視野に入れないと」


 アリアは地図を見ながら進む。地図にはある国があった。その国を目指して現在進行中である。だが――


「多分合ってると思うんだけどな」


 なんとアリアはで進んでいた。その直感を彼女は信じている。仮に間違えたら、道中で倒れてどうにかなってしまうだろう。


「進むだけでも一苦労だなあ」


 直感で進んでいるから、正直地図は必要ない。念の為に見ているようなものである。


「うん?」


 さてアリアが進んでいると突如足を止めた。目の前に緑色の身体をした何かがいるのである。形は人型。背はアリアよりも低かった。


「あの」


 アリアは声を掛ける。ここで声を掛けるのは失敗だと知るのは彼らの正体を知ってからである。


「!?」


 緑色の魔物が振り返る。

 アリアは心底後悔した。緑色の魔物の姿は醜く、鼻が長い。そしてアリアを見ると、歪んだ笑顔を見せてきた。

 緑色の魔物『ゴブリン』。前方にいるのは3体。


「これ、逃げた方が良いのかな」


 知識の浅いアリアはゴブリンのことを知らない。全くもって前世の知識が役に立たない。逃げるべきだと脳内ではとっくに警告を出している。


「!?」


 だけど判断が遅れた。後ろを振り向くと2体のゴブリンがいる。合計5体のゴブリンがアリアを囲んでいた。


「最悪なんだけど」


 初見殺しにも程がある。ゴブリンは徐々にアリアに近付いている。不気味な笑みを浮かばせている。はっきり言って気持ち悪い。

 その気持ち悪さに拍車をかける。ゴブリンの1体が言った。


「女、食い物、食べる」


 嫌な予感しかしない。捕まったら無事では済まないだろう。簡単に想像がついた。

 ゴブリンは食い物としか見ていない。だからだろうか。気持ち悪さと同時に、怒りが沸き上がってきた。

 アリアは袋を下ろす。


「私は貴方達を知らない。だけど私を襲おうとしているのは分かります」


 ゴブリンはアリアを雌として見ている。捕まえたら色々と意味深なことをするつもりだろう。それは少なからず表情を見れば分かった。


「でも私は止まる訳にはいきません。まだ満喫していませんから」


 こんな所で終わるのは嫌である。家から出て早過ぎる結末だ。冗談じゃない。


「それに私は、こんな所で終わりたくないのです」


 生きたい。この世界で、生きたいんだ。

 アリアは剣を抜く。使うのは初めて。魔物と戦うのも初めて。でも、戦う覚悟は出来ていた。


「だから私は戦います」


 異世界を満喫するまでは、生き残る。それがアリアの覚悟だ。


「躊躇は捨てました」


 ゴブリンが飛び掛かる。アリアは剣を構えて、ゴブリンの身体を切り裂いた。悲鳴を上げる。肩から血が出るゴブリン。ゴブリンの目が敵意に変わる。


 さて、異世界初心者による蹂躙を始めよう。


 切られたゴブリンは空中でバランスを崩し、アリアを通り過ぎて後ろに倒れた。

 後ろにいたゴブリンがアリアに攻撃を仕掛けて飛び掛かる。だけどアリアは冷静に避け、返しと言わんばかりに腕を切り落とした。腕の断面から血が流れてくる。


 前方にいたゴブリンはアリアに向かって突撃してくる。これもアリアは避けて、背中を切り付ける。ゴブリンは悲鳴を上げる。でもまだ生きているので、アリアはゴブリンの首を突き刺した。


「結構いけるかも」


 アリアは殆どをに任せていた。剣技は三流かそれ以下。しかし思いの外善戦している。ゴブリンの内3体は再起不能である。

 でもまだ終わりではない。後ろにいたゴブリンがアリアに飛び掛かろうとしていた。


「!?」


 そんな時アリアの頭にある映像が浮かび上がる。その映像には後ろにいたゴブリンに抱き着かれて、動けない自分の姿があった。

 もしビジョン通りになったら意味深ルート突入である。アリアはすぐに振り向いた。


「こいつか!」


 後ろを振り向くとゴブリンが飛び掛かった。ビジョンで見えたのはこの個体である。

 アリアはゴブリンを剣で一刀両断。肩を切り裂かれたゴブリンは悲鳴を上げ倒れる。アリアはゴブリンの胸をとどめとして、胸に突き刺した。言葉にならない悲鳴が上がった。


「最後は……」


 アリアは最後に残ったゴブリンを見る。その目は恐怖を浮かべていた。半狂乱状態のゴブリンに冷静な判断は出来なかった。ゴブリンは立ち向かう。散っていった者達と同じように、飛び掛かった。


 アリアの幸運はゴブリンが素手だったこと。もし何か持っていたら変わっていたのかもしれない。


 それでも躊躇は捨てたのだ。直感に従い一歩下がる。そして、剣をゴブリンに突き刺した。

 ゴブリンは貫かれる。大量の血を流し、動かなくなった。瞳も輝きを失われている。

 アリアは剣を振るう。ゴブリンは地面に投げ付けられた。血を払い、剣を鞘へと戻す。


「これ全部、私が……」


 三流かそれ以下。それでもアリアはゴブリン達を倒した。誇るべきことだ。自信が出来る理由が出来た。


「……生きていた。それを私は殺した」


 動かなくなった者達を見て呟いた。自分を守る為とはいえ、殺した。初めてのことだった。


「躊躇を捨てた結果がこれか……スッキリしないな」


 躊躇を捨てた。それで戦えた。でも思っていたような気持ちにはなれない。楽しさなんて微塵もない。

 でもここで止まる理由にはならない。


「……それでも、生きてみせる」


 異世界を満喫するのはやめない。辛かった人生を埋め尽くすほどの幸せを探すのを諦めない。

 アリアは袋を持って、再び歩み出した。

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