第11話 美緒

「はっはっは! 結婚って。はっはっはっは!」


 俺は今結婚させられそうだったことを笑われている。妹の愛衣羽は笑うというより驚いていたからここまで笑われるのは初めてだな。そんな面白いのかね。


「だっはっは、ヒー。腹が痛い」

「いつまで笑ってんだよ!」


 俺が結婚させられかけたことを知ってからこの人はずっと笑ってやがる。こいつ曰く俺と結婚すると俺の方がイケメンだから男が可哀そうと言うことらしい。俺は女なんだが?


「それで、この人が姉さんが働いていたバーのマスターなのよね?」

「ああ、そうだぞ。まさかここが見つかるとは思ってなかったけどな。」


 そう、今俺たちの目の前にいるのは俺が一番荒れてるときに俺を拾ってくれた恩人の紺野 美緒だ。


「ふぅ、面白かった。ここの住所は二人で飲んでるときに野乃羽が自分でげろってたぞ。確かそこの妹が自立したってときだな」

「ちょっと姉さん? この家は私達と宇井先輩以外教えてないのよ? 知らぬ間に他人に教えてもらっても困るのだけど」


 そんなこと言われてもなぁ。あの日は愛衣羽があの地獄のような場所から逃れられたのとあの両親を老後支える奴が居なくなったことで嬉しかったから酒が進むのも仕方ないだろ。あの時は唯一飲み過ぎて記憶なかった日だからな。それ程嬉しかったんだよ。


「連れねぇこと言うなよ。俺にとっても野乃羽は娘みてえな奴なんだからよ」

「娘って言うほどの年齢差は感じないのだけれど」


 愛衣羽、正解だ。美緒は33歳で俺とは三つしか違わねえ。それなのに何かと俺の母親面してバーの客にも俺の娘だと紹介しだしたから客もそれに合わせて俺の事を嬢ちゃんと呼び出すことになるし。バーにいる間はとことん美緒に振り回された。最初に店のパフォーマンスで俺にリンゴを潰せと言ったのも美緒だしな。


「歳を言われたらそうだな。でもな、野乃羽の今の一人称とか口調は俺に憧れて変えたもんだぞ。今の野乃羽は俺を見て育った結果だ。俺の娘と言っても過言じゃねえだろう」

「ちょっ、その話ここですんのかよ!?」


 そらそうだよ。俺はあんたに助けてもらって救われたし、あんたの生き方を見て憧れたし、俺に居場所をくれたのは嬉しかった。あんたと暮らすようになってからはずっとあんたを見てきたよ。それでもよ、愛衣羽の前で言うのは違げえだろうが。


「へぇ、姉さん昔と大分変ったと思っていたけれど、美緒さんが原因だったのね。母親ね、ふ~ん」

「なんだよ……」


 何だよそのジト目は、俺だってここ数年色々あったんだよ。口元にやついてんぞヤメロ。ちっ、どうにかして俺から話を逸らさないと。


「それを言ったら愛衣羽だって前とはだいぶ違げえだろうが! 昔はこんな堂々としてなかったぞ」


 学生時代の愛衣羽はいつも親に怯えて生きていた。そのせいで学校でもいつも下を向いていたし、人と話すときはいつも相手の機嫌をうかがっていた。そのくせ愛衣羽は可愛いからクラスの男子から毎日声を掛けられる。その頃の愛衣羽は断るということを知らなかったから休み時間には毎回絡まれていた。もっとか弱いって感じだったはずだ。


「私にもいろいろあったのよ、それより今は姉さんの話が聞きたいわ。せっかく美緒さんがいるんだもの」

「み、美緒? 言わねえよな?」


 美緒と出会った頃の俺を愛衣羽に知られるのは結構恥ずかしい。あの頃の俺は親から逃げる事しか頭になかったし、美緒に振り回されてばっかだったから愛衣羽には知られたくない。姉としての威厳とか無くなりそうだ。


「あら、あの家に私を一人で置いていなくなったんですもの。その間何していたか教えてくれてもいいんじゃないのかしら?」


 ぐっ……それを言われたら何も言い返せねえ。俺が美緒のところに行くときに愛衣羽をあの家に一人にしたことに気付けなかったのは言い訳にもならない。


「それは、すまなかった。あの頃は自分の事で一杯一杯だったんだ。言い訳になるが、あの時は愛衣羽の事も気にかけてやれる余裕が無かったんだ」


 俺は誠心誠意愛衣羽に誤る。たとえ余裕が無かったとしても姉として愛衣羽だけは守ると誓った約束を唯一破ったあの事だけは今でも後悔している。


「分かってるわよ。あの頃は姉さんの進路の話もあってあの親たちも随分機嫌が悪かったから仕方がないことだっていうのは分かっているの。でも、逃げたことで姉さんが少しでも幸せになれたかちゃんと確かめたいの、お願い姉さん」


 愛衣羽が真剣な顔をして頼んでくる。愛衣羽も愛衣羽なりに俺の事を心配してくれていたみたいだ。そのことに関してはとても嬉しい。だけど、


「まぁまぁ、二人とも落ち着け。話すと長くなるし俺は今日も仕事があるから長くはいられねーんだ。その代わり愛衣羽は働いているときの写真を持ってきたから、これで我慢してくれ」


 そう言って美緒はカバンからアルバムを取り出して机に置いた。愛衣羽はそれを受け取って開く。中には俺が仕事をしている時の写真から、日常生活の写真まである。こんなのいつの間に撮られたんだよ。


「美緒さん? これはどんな写真なのかしら」

「ああ、それは俺が体を洗ってやろうとして野乃羽のシャワー中に風呂に入って行った時の写真だな」

「何てもん持ってきてんだよ!?」


 こいつ……、よく見たら美緒がベッドに勝手に入ってきたときの奴もあるじゃねえか。今の愛衣羽にこんなもん見せたらどうなるか分かってんのか?


「姉さん。ちゃんと笑えてるのね」


 愛衣羽はこっちを見て笑っていた。最近の少しわがままな愛衣羽だったらこれを見て怒るかと思ったから少し意外だ。愛衣羽は本当に俺の事を気にかけてくれていたのか。少し恥ずかしいな。


「それはそうと、美緒さんとやったことは全て私とやって上書きさせてもらうから。覚悟しておいてね、姉さん?」

「お、おう……」


 やっぱ予想通りだったか。

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