第6話 買いもの

 俺の紹介配信をした次の日、俺と愛衣羽は俺の服を買いに来ていた。持ち物をほとんど持たずに愛衣羽の家に来た後、愛衣羽が持ってる服を借りようとしたけど流石に服の数が足りないしお互いの服の好みも違うから新しく買うことにした。

愛衣羽の身長は160くらいだから全然合わねえし、流石にあんな女っぽいのは俺には似合わねえしな。スカートとか長いこと履いてねえし。

 そんなわけで俺と愛衣羽は一緒にショッピングモールに来ていた。


「ねえ、あの人……」

「何あのイケメン!? レベル高くない?」

「あれかな、今日ここでファッション誌の撮影があるって言ってたやつ」

「隣の人はお妹さんかな」

「まさか彼女じゃないよね」

「声かけてもいいかな」

「ちょ、本気!?」


 周囲のひそひそ声が聞こえてくる。途切れ途切れにしか聞こえないけど、どうせまた男だと思われてんだろ。そんなことを考えながら歩いていると、突然見知らぬ女の人から声をかけられた。


「ねえ、君」

「なんだ?」


 俺に声をかけてきた人たちは目で会話しながら話を続けてくる。どうせこの後に続く言葉は分かってる。


「あの、もし暇なら私達と遊ばない?」

「そうそう、お妹さんも一緒で良いからさ」


 ほら、またナンパだ。愛衣羽が横にいるのによくやるな。しかも思った通り男だと思われてやがる。このやりとりも何回目になるか分からねえがいつも通り断るか。


「俺は女だ。悪りいな、他を当たってくれ」


 女の身なのに慣れちまった女からの声掛けに慌てることなく返す。初めてナンパされたときは何で同性にナンパされるのか分からず随分困ったもんだ。


「え? 女? 嘘でしょ!?」

「そんなこと言ったって騙されないんだからね」


 俺が女だってことが信じられなかったようで、素直に引いてくれることなく詰め寄ってくる。こういう奴らも珍しいが今まで何人かいた。そういう奴らには最終手段がある。


「ちょっとあなた達。いい加減にしなさい」

「いいよ愛衣羽。ほら、これで分かるだろ? 俺は正真正銘女だよ」


 俺は胸元の服を引っ張ってブラを見せる。疑ってくる奴らもこれを見たら流石に言い返してこれないだろ。


「あ、すみませんでした」

「ほんとに女だったとか……むしろ有りじゃない?」


 最後不穏なこと言っていたけど今度は大人しく引いていった。これ以上しつこかったら愛衣羽が怒り出すとこだったわ。


「姉さん、いつもこんなことしてんの?」

「ブラの事か? たまにこうしないと信じない人がいてな。どうせ女同士だし、こうするのが一番早いんだよ」


 愛衣羽の声がいつもより低い気がするのは気のせいじゃないと思う。てか顔が怖い。


「何私以外の人間の前で服はだけてんのよ。姉さんの肌私以外に見せるんじゃないわよ」

「す、すまん」


 やべえ、愛衣羽ちょっと怒ってんな。これからこの方法使えねえのか、次からどうしよっかな。


「まあ良いわ。ほら、早く行くわよ」


 愛衣羽はそこまで言うつもりは無かったようで俺の手を引っ張ってショッピングモールの中を進んでいく。服を売っている店は奥にあるからまだ遠い。愛衣羽は道の真ん中をずんずん進んでいく。俺は愛衣羽の背中を追いかけていると不意に怒鳴り声が聞こえてきた。


「一体いつまで待てばいいの!」

「すみません! あと少しで来るんで!」

「それ言うの何回目なの! もう待ち始めて1時間になるじゃない」

「すみません、すみません……」

「全く、男性は寝坊で女性の方は飲み会で二日酔いとか……しかも謝罪も無し。あなたのとこのタレントはどうなっているの? よく今まで潰れなかったね」

「確かに……」


 怒鳴り声の方を見ると、鍛え上げられた肉体をスーツで覆った女性が、恐縮しきった様子で頭を下げているワンピース姿の女性に怒鳴っていた。あの女筋肉やべえな。

 よく見ると、筋骨隆々な女性はカメラを持っており、周囲にも撮影機材のようなものが並べられている。


「なんか撮影でもあんのか?」

「確かファッション誌の撮影があったと思うわ。この辺りが撮影場所になることがたまにあるのよ」

「ふーん」


 周囲を見たら軽い人だかりができている。思ったよりすごい撮影なんだな。

 そのくせタレントの方がまだ来ていないようだった。俺らが行こうとした店の近くで言い合っている。聞いた感じ一時間も経っているのに一般人もまだ集まっているところを見るとタレントにも人気があるんだろう。


「どうする? 別の店行くか?」

「近くにある店で姉さんに一番似合う服を置いてある店があそこなのよ。横通り抜けて行くわ」

「おう」


 結局店に行くことが決まった。俺らは撮影現場の近くを通り抜けて店に向かう。


「仕方がない、アタシにもスケジュールがあるので。悪いけど今回の話は無かったことにさせてもらいます」

「そ、そんな!」

「そんなじゃない! アタシだって今回の撮影には気合入れて来てんのよ。それなのにタレントが二人揃って来なかったらどうしようもないでしょ」

「おっしゃる通りです」


 撮影が無くなる感じの話が聞こえてくる。これじゃあ集まっていた人たちも可哀そうだな。


「でもこの撮影が無いと困るのよね。ねえあなた、服のサイズは一通り揃えているのよね」

「はい。全部揃えてはありますが」

「そうね……」


 よく聞こえないが何やら相談しているようだ。このまま撤収だろうな。……あれ? あの人俺たちに近づいてきてねえか?


「そこのあなた達! 兄妹かしら? 悪いけど撮影に協力してくれない?」

「……は?」


 俺はただ、呆然とすることしかできなかった。

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