第3話 ママ
「VTuberの世界ではイラストを描いてくれた人をママって呼ぶんだよ」
愛衣羽に説明されて納得する。いきなりママと言いだしたからあの両親の事かと思った。
「私があいつらの力を借りるわけないじゃん」
「それもそうだな」
「もう、今日は寝るよ。お休み」
「ああ、お休み」
愛衣羽は既に眠かったようで細かいことは明日話してくれることになった。明日俺が使うイラストを見せてくれるようだ。少し楽しみにしながら俺たちは眠りについた。
次の日
「これが姉さんの使うイラストね」
「大分俺に寄ってるな、これを描いたやつは俺と会ったことあるのか?」
愛衣羽に見せられた絵は俺にそっくりだった。ただそのまんま俺を描いたわけでは無くて、髪型や目の色は赤くなっていて黒のメッシュが入っている。服装も全体的に赤い。それでも目や鼻の形、顔の輪郭などまるで俺の事を知っている人が描いたようだった。
「私の先輩で姉さんの後輩の人だよ、宇井先輩」
「菊花か? あいつこんな絵描けたのか」
宇井 菊花は俺の1個下の後輩で、愛衣羽の1個上の先輩だ。俺が高校2年の頃は屋上で一人、昼飯を食っていたところにたまに来て一緒に飯を食っていた。飯以外でも菊花は俺が一人のところを狙ったかのように俺が一人の時だけ急に現れてゲームなどをして遊んだ。俺が三年になった頃入学してきた愛衣羽と菊花が仲良くなったのは見ていたが仕事でも関係があるとは思わなかった。
「ふふ、宇井先輩も姉さんのことが好きだったのよ。私に近付いてきたのも姉さんとの関係を失いたくないだけだったもの。だからちゃんと利用してあげたわ」
「利用……、そういうところは変わんねえな」
菊花が俺の事を好きだということは気付いていた。俺に近づいてくる他の奴らと同じような目をしていたから。それでも菊花は俺が受け入れることは無いと分かっていたからか告白してこなかったし俺の迷惑にならないよう会うタイミングにも気を使ってくれていたから俺も仲良くしていた。
俺には女性のファンがいて、一対一で話しているところをファンに見られると相手がそのファンにいじめられることがある。そのせいで俺は学校では孤立気味になっていた。菊花はそれが分かっていて誰にも見られないタイミングで話しかけてくれていた。
そんな親切な菊花が愛衣羽と仲良くなった理由がそんな理由だとは思わなかったが、その思いを逆に利用する愛衣羽も愛衣羽だ。聞けばVTuberとしての活動の大変な仕事はほとんど菊花に任せ愛衣羽は自分がやらなければならないことだけをやっていたらしい。
「私の姉さんを狙ったのが悪いんだし」
「今何て?」
「私の姉さんだって言ってんのよ」
「そ、そうか……」
聞き間違いかと思って聞き直してみたがそうではなかった。ここに来てから愛衣羽が少し積極的だな。昔は自分の欲を人にさらけ出すような人間ではなかったのにな。
愛衣羽が成長したのかあの親から離れて自由になったのか、理由は分からないがいいことだ、愛衣羽が自分を表に出せるようになったのは嬉しい。
「それで私がVTuberになった時宇井先輩が勝手に姉さんの分もイラストを描いていたのよ。その時には姉さんと一緒に活動したい思っていたけから、感謝しなきゃね、これで姉さんと一緒に活動できる」
「そうだな」
「それに昨日の配信を見ていたようで昨日は見せなかったけど宇井先輩から連絡来てるわよ」
愛衣羽が自分のスマホを見せてくれる。そこには菊花からのメッセージが書いてあった。
『ついに野乃羽様がVTuberとしてデビューなされるのですね。菊花はこの時を心待ちにしておりました。愛衣羽様がデビューされた時に菊花が描いたあのイラストに野乃羽様が宿る時が来たのですね。菊花は感激しております。これからは野乃羽様のお声がパソコンから聞くことが出来るのですね、菊花はこれからの野乃羽様のご活躍を応援しています。思えば菊花が高校に入学して数日たった頃、昼休みの屋上が出会いでした……』
「なんだこれ……」
その後、菊花の話は延々と続いていた。菊花は俺の前では大人しい奴だったがこのメッセージでははしゃいでやがる。愛衣羽と同じで菊花の奴も猫被ってやがったのか。俺の周りには猫被る奴しかいねえのか?
「それはそうとして今日は姉さんの初配信よ、宇井先輩も多分見に来るわ。LAIって名前のアカウントよ、一応覚えておいて。配信の方は大丈夫かしら」
「多分な」
「多分って、本当に大丈夫なの?」
「つってもよ、やったこと無えんだから知らねえよ」
昨日ちょっと見ただけで何も知らない世界に飛び込むんだ、絶対に成功すると言い切ることは出来ねえ。だけど大事な妹の頼みだ、成功させてやる。
「まあそうよね、私も手伝うから頑張って」
「おう」
俺らは初配信の準備を始めた。
勝手も分からねえが妹の前だ、下手なところは見せられねえな。
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