第41話 世界の真実

 一同は拠点に戻った。近藤が口を開いた。


「言っておくが俺はただ思い出話をするわけじゃない。ここにいる奴ら全員、それなりに覚悟して聞いてほしい。俺たちはそれを聞いて、袂を分けた。それぐらいのことだ。」

「前置きはいいから早く話してくださいよ。」


 灯夜が急かした。


「この世界は急激に人口が増えすぎた。このままいけば地上は人間で溢れる。そう考えた日本政府は国家の極秘プロジェクトとして、人間とほかの生物の遺伝子を合成する『ネオスプラムプロジェクト』を始めた。人間の生活圏を大空に、海に拡大するために。」

「ネオスプラム…」

「新生物ということだ。昆虫と融合したものは『インセクター』、鳥類と融合したものは『バードマン』などと呼称がついた。ただこのプロジェクトは大きな問題があった。もともと普通の人間に急遽ほかの遺伝子を無理やり組み込んだため、大きな副作用ができてしまった。」

「それが不知火の言っていたリジェクション(拒絶反応)ですね。」

「ああ…白鳥の言うとおりだ。他の動物の能力を有する代わりにリジェクションから体が動かなくなる作用だ。これが長引けば細胞そのものが打ち消しあいその人間は死ぬ。」

「……実験は失敗してるってことですか。」

「今、彼らはリジェクションを抑える薬を投与することである程度抑えることしかできない。ただ…薬の開発が追い付かなかった。そこで日本政府はこのネオスプラムプロジェクトを放棄することに決めた。」


 徐々に重苦しい雰囲気になるのはわかっていたが、近藤は話を続けた。


「プロジェクトそのものをなかったことにしたかった政府は残った薬だけを渡し、どこか人目につかないところに転居させた。それは事実上の島流しみたいなものだった。薬がなくなった者は死ぬのを待つしかなかった。」


 世界の現実を耳にした彼らは話す舌をすでに持っていなかった。


「追い詰められたインセクターたちは薬を奪うためにバードマンを襲い始めた。そして更なる野心に目覚めたインセクターたちは自分たちの領土を拡大するために人間も襲い始めた。それに対抗したのが不知火隊長だった。彼は元々政府のプロジェクトの研究員で自らも被検体の一人だった。彼は受精卵段階での人間と鳥の遺伝子の融合に成功した。そうして『つくられた』のが俺たち5人ってわけだ。」

「あなたと鷲尾さん、白鳥さん、雷太さん…がその5人ってことですね。」

「そうだ。同じ日に『つくられた』俺たちはやがてインセクターと戦うために不知火隊長に育てられた。」

「インセクターと戦う戦闘兵器としてな。」

「確かに…そうだったかもしれないが!それでもあの人が俺たちにかけた愛情は本物だったんじゃないのか?」

「だとしても…その結果椿は死んだ。その事実は重く受け止めなければなりません。それに…君自身もその愛情を疑ってるからここにいるのでは」


 雷太と白鳥が入り、辺りは騒然とした。


「…ひとついいですか?」

「灯夜…何だ?」

「俺はあなたたちの後につくられた『第2世代』だ。俺たちの記憶がないのはなぜだ?」

「それは不知火さんがつくった忘却装置の作用だろう。ここでの記憶を後世に『語り継がない』ためにだ。非人道的な実験だったからな。」

「その椅子に座ってからそれまでの記憶は綺麗に無くなっていた。無我夢中で走って、倒れて、拾われて、じいちゃんとあすかと、みんなで暮らしていた…。でも俺は出会っちゃったんだ。」

「鷲尾に、か…。」

「だから俺のこと知っちゃって、もう後には引けなくったから…。この空の下に守りたいものがあるから、だから俺はすべてを知りたいんです。」

「わかった。俺たちが初めから兵器としてつくられていると知ったのはインセクターと戦い始めてから少したってからのことだった。鷲尾は言ったよ。『それでもこの与えられた力を使うのは俺たちだから、最後まで戦う』ってね。」

「なんとなく、あの人な言うだろうってのがわかりますよ。」

「そしてインセクター初代隊長、コーカサスこと甲本大和を打ち取った俺たちは俺を除いて『鳥籠』を離れた。」

「俺は『平島裕太』として平凡な大学生に。」

「僕はラーメン屋の店員として、椿は森の野菜農家として。」

「そして鷲尾さんは…。」

「細かくはわかっていないが一人でインセクター残党と闘いながら転々としていたんだろう。そしてきっと一人で戦いきれなくなって、お前を呼んだ…ってところだろう。不知火隊長はインセクターを打ち取ったことからバードマンの強さを盾にして、バードマン専用のリジェクション抑制の薬を増産させること、バードマンのリジェクション回避手術の手立てを早急に出すこと、そしてインセクターを討伐する代わりにベーシックヒューマンの居住区域すべてを管理下に置くことを要求した。こうして俺たちバードマンの増長を見越してベーシック側の政府はすべてを消し去るために『文明破壊プログラム』を作成したわけだ。」

「これが…世界の真実。」

「そうだ。言ったろう。聞くには覚悟のいる話だと。」


 灯夜の拳は震えていた。怒りではないが、恐怖でもない。


「それでも…俺は、俺は戦うよ。たとえ殺すためにつくられた命だとしても、使うのは俺だ。もっと強くなってみせる。」

「なぜお前は…そう考えることができるんだ?今、お前たちはインセクターだけじゃない。バードマンも、人間も、世界すべてを敵に回しているんだぞ!」

「この空の下に…守りたいものがあるからさ。」

「それは…。」

「そうだよ。あの時『鳥籠』を離れた俺たちは世界の惨状を見たけどそれだけじゃないんだ。」

「そうです。僕たちはそれぞれの場所で『人の愛情』を知ることができましたから。」

「雷太、白鳥…。」

「だから俺は戦うんだ。帰る場所を守るため。」

「僕は愛する人、いや愛した人の平穏を守るために。」

「俺はあすかを守るために。あんたにだって、守りたいものがあるんじゃないのか?」

「俺は…バードマンの秩序を守るためだ。」

「お前さんもよ…本当は世の中おかしいってわかってたんじゃねえのか?」

「「「立川(さん)!」」」


 そこに入ってきたのが立川だった。ケガが大きいため車いすだった。


「世の中よお、バードマンも、インセクターも、人間も関係ねえ。もうわかってんじゃねえのか。」

「それでも俺は…『今は』お前たちと一緒には…。」

「そうも言ってられねえぜ。」


 立川にそう言われて空を見上げると、フライングトルーパーのクロウが大量に押し寄せようとしていた。


「隊長…そういうことなのか。」

「とにかく行きましょう。鷲尾達が作った道を、ここで途切れさせるためにはいきません。」

「ああ、みんな。剣を抜こう。」


 こうして剣士たちは雨上がりの南中の日差しがささる大空に再び舞った。


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 灯夜と近藤が剣を交わす数時間前だった。鷲尾は土砂降りの中一人倒れていた。


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