第12話 知らない生き方と覚えた幸せの味

「た、ただいま…。」

「あら裕太、どうしたの?浮かない顔して…気分でも悪いのかしら。」

「大丈夫だよ、母さん。」


 平島祐太は聖翔大学2年生の21歳である。平島財閥の一人息子と目いっぱいの愛情を受けたこの数年、不自由のない暮らしをしていた。しかしこの日彼が見たものはそんな幸せという作りかけのドミノをあっさしと崩しかねないものだった。


 母に言われてなんだか気分が悪い気がしてきた祐太は自分の部屋の窓を開けベランダに出た。外の風は強かった。少し経つと足元がよろめくほどの強風になった。その強風があっという間に過ぎ去るとベランダの柵の上に黒いバードマンが立っていた。


「落とし物だ…平島裕太。いや、島袋雷太…。」

「何だって…。」


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「あいつは島袋雷太。俺たちと同じ『第1世代』の一人だ。」

「あの人が…。」

「そうだ。雷光剣士オウル…。電気と雷を自在に操る俺たちの守りの要だった。」

「そんなすごい人が戦わないことを選ぶなんて…。」

「力があるからさ。下手にかざせばすべて失うからな。」


 その一言は灯夜が納得するには十分だった。鷲尾は続けて語った。


「確かに俺たちはベーシックヒューマンに作られた存在だ。ただ与えられたこの力を使うのは俺たちだ。そしてそこには使わない自由もある。そして誰かを愛したり、自然の中で生きたり、やはり戦いに身を投じたり…人間と同じように意思決定することができるんだ。だからあいつが戦わないのならば俺はそれでいいんだ。それを守るために俺たちが戦えばいい。」

「鷲尾さん…。でもこの空の下で救える命を、未来を、自由を、守っていくことが力のある人間の使命であり宿命だって…。」

「そんなものは俺だけが背負えばいい。」

「そんな…。」


 そう言うと、第1世代の仲間が


「勝手に一人で背負ってんじゃねえや。」

「そうですよ。結果として僕たちは今自分の意志で君と一緒にいるんです。その宿命、僕たちにも背負わせてください。」


 と言って鷲尾の両サイドに立った。鷲尾は少し口角が上がった。


「そういえば…烏丸は?」

「ええ。彼なら忘れ物を届けに行きましたよ。『平島君』にね。」

「そういうこっちゃ。それにしても…。」

「ああ、みんな剣を抜け!」


 鷲尾にそう言われ剣を抜きバードマンに変身した4人は上空から降り注ぐインセクターの群れに立ち向かっていった。


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 島袋雷太は先の大戦のあと、鷲尾たちと別れた。バードマン故に頼れる人間などいなかった雷太は数日さまよったある日、平島家の前に着いた。ひどくボロボロな姿を見た家政婦が思わず声を上げた。この家の主である社長夫妻が出て来るや否や雷太はうわごとのように『助けて…助けて…。』と言ったそうだ。それから彼に風呂と着替えと食事をすぐに与えた。雷太は社長が自分の素性について聞いても何も答えなかった。

 しかし、その日から2人は雷太を家に置くことにした。子供のいなかった2人にとっては急に大きな息子ができたようだった。名前も明かさなかった雷太は気が付いたら『裕太』と名付けられていた。理由は聞いたことがない。それから学校にも行けない雷太は『裕太』として、朝昼は読書に勤しみ2人が帰ってきた夕方以降は3人でテーブルを囲み団らんの時を過ごした。

 元々勉強家だった『裕太』は大学進学を決意した。バードマンとして生きていたころは勉強はあらかじめ決められたことを学ぶだけだったが、人間の世界に出て多くのことを、そして自分のことをもっと知りたいと思ったからだ。学校に全く通っていないにもかかわらずあっという間に高卒認定試験に合格し、すぐに聖翔大学理学部生物学科に合格した。この頃には社長夫妻のことを『父さん』『母さん』と呼んでいた。自分を偽り手にしたものは紛れもない本物の愛情だった。このまま自分を偽り、隠し続けていけばこの幸せを守っていける。そう確信していた。


 こんな話をなぜベランダに現れた黒きバードマンに話しているのか、雷太は自分がよくわからなくなった。


「そ、そういえば君は何者なんだ…。」

「烏丸樹月、戦いしか知らない男だ。」

「何だって…?」

「あの日『鳥籠』から出た者の一人だ。あれからすぐに『鳥籠』に戻った。お前がこうしている間に俺は多くの血を見てきた。」

「…弁解する気はない。あの時は君たちにとってそれが最適だと考えた。」

「…俺にはそうではなかった。」

「俺はどうしたらいいんだ。」

「…戦えばいい。」

「俺はもう…。」

「本当にそう思っているのか?」

「くっ…!」


 そんなやり取りをしている間に2人の『因子』が戦いを感じ取った。


「…俺は行く。」


 そういって烏丸は再びクロウに変身し戦いの空に舞い戻っていった。雷太はベッドに座り込んだ。


「俺は…俺は…。」


 雷太は平島家に来てからの日々を振り返った。本当に幸せだった。『両親』には感謝しかなかった。しかしすべて『裕太』として得た幸せであることを思い知らされた。


「俺は、俺でいたい…。」


 何かを決意した雷太は窓を閉め、ゆっくりと1階の居間に向かっていった。

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