第8話 共闘と共存
椿は鷲尾、灯夜、あすか、そして烏丸を拠点に招いた。着くとすぐに鷲尾とあすかは烏丸の傷の手当を始めた。一方、行き着く暇もなく椿はそそくさと台所に向かって行き、今晩のカレーに使う野菜を冷蔵庫から次々と取り出した。
「俺、野菜切るの手伝いますよ。」
そう言ってきたのは灯夜だった。
「客人なんだから、今日はゆっくりしてなよ。」
「いえ、料理とか…家でよくやってて慣れているのでやらせてください。そのほうが早くできるし、それに…何かしてないと落ち着かないんです。」
椿は一瞬だけ、烏丸のほうを見た。するとあっけらかんに
「ああ、あいつか。」
「声がでかいですよ!」
「ハハハ、何ビビってんだよ。」
「そうじゃないですよ。でも…。」
ちょうど手当てが終わったこともあり、台所の空気を察した鷲尾は烏丸を連れて外に出た。一方、椿と灯夜は野菜を切り続けた。ジャガイモや玉ねぎ、にんじんはもちろんのこと茄子にピーマンを加えた野菜カレーだ。すべて拠点にある畑でとれたものだ。
「…お前さんの気持ちも最もさ。」
「じゃあなんで連れてきたんですか?っていうかあいつもなんでついてきたんだ…。」
「…お前、カレーは好きか?」
「何ですか?急に。」
「どうなんだ?」
「いや、まあ好きなほうですけど…。」
「俺はな…カレーってのはこの世界の理想だと思う。」
「理想…色んな具材を入れられるからですか?」
「それもそうだが、たぶんそれだけだったら俺の例えは鍋でもよかっただろ。」
「はあ…。」
「カレーにはさ…失敗がないんだよ。」
「失敗が…ない?」
「ああ。好きな野菜を入れて野菜カレー、魚介類でシーフードカレー…納豆カレーとかもあるだろ。好きな具や調理の方法でどんどん新しいカレーが生まれる。」
「世界もそこにいる人で新しいものができるということですか。」
「そういうこと。そしてそれらがルーの中で調和しあうように混ざって溶けていく。みんなひとつになる…ほら世界の理想形だろ?」
「そんな簡単に…」
「いかないから動くんだ。」
「あいつともうまくやれると思いますか?」
「さあね…。でも、腹が減るのも眠くなるのも人は平等さ。今日ぐらいは、うまくやりたいな。」
一方、鷲尾は烏丸を外に連れ出し、それぞれ丸太や岩を見つけて座った。月のない夜空を見ながら鷲尾は烏丸に質問を始めた。
「お前…年齢は。」
「…18だ。」
「お前…『第2世代』だな。」
「そうなのか。」
「俺がお前たちを『鳥籠』から連れ出した。」
「…知らない。」
「だろうな。お前たちがあそこにいた記憶は俺たちが消した。戦いの道具にしないために。」
「…そうなのか。」
「ああ…なぜ戻った。」
「…わからない。ただ、体がそう動いた。」
「『鳥籠』でお前がすべきことはなんだ。」
「…わからない。俺は戦いしか知らない。」
「お前は…どうしたい。」
「…。」
会話が止まったその時、あすかが夕飯ができたことを告げに来た。
「…とにかく飯だ。行こう。」
「明日…。」
「何だ?」
「お前を斬る。」
「お前の意思か?」
「俺はそうするようにできている。」
「…そうか。」
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翌朝、灯夜は金属が激しくぶつかり合う音で目が覚めた。小屋を出るとイーグルとクロウが戦っている姿をあすかと椿はすでに見ていた。
「椿さん…止めなくていいんですか。」
「さあね…。」
「いや、さあねって…。」
「あいつらは戦うことでしか分かり合えない。でもその中で何かが生まれ、思いが溶け合って新しい世界ができる。」
「あいつも新しい具材になるってことですか。この『世界カレー』の。」
「いいこと言うねえ。」
あすかも椿の意見に賛同した。
「灯夜。なんとなく、なんとなくだけどね、あの2人は憎しみで戦っているわけじゃないと思うの。だから、もう少し見守ってあげて。」
「あすか…。」
2人は上空でつばぜり合いを続けていた。
「クロウ…お前はその月光剣で何を斬る!」
「…敵だ!」
「お前の敵はどこだ!」
「俺は斬れと言われたものを斬る。それが俺の敵だ!」
「続けていけばこの世界からお前の敵は消える!お前は…そこでどう生きる!」
「斬れないのなら俺の存在価値はない!」
「人の評価だけで生きるな!生まれたなら自分がどうしたいか考えろ!お前の身体の『反射』に従え!」
気が付いたらイーグルが押していて地面にクロウは叩きつけられていた。イーグルは地面に倒れこむクロウから背を向けた。
「…何故とどめを刺さない。斬れない俺は…。」
「何回も言わせるな。自分がどうしたいか考えろ。」
「俺は…。」
そう言ってクロウは低空飛行でイーグルに切りかかろうとした。そのときだった。極彩色の羽がクロウを追い抜きイーグルに刺さろうとしていた。それに気づいたイーグルは次々に切り落としたが間に合わない。
「月光剣!」
クロウは月光剣をブーメランのように投げ羽を落とした。この羽がクジャクのものであるのは昨日の戦いに居合わせた者なら誰でも容易にわかる、それだけ特徴的なデザインだった。
「クロウ…どういうことかしら?」
味方にはじかれると思っていなかったクジャクは困惑していた。
「…。」
「…今なら不問にするわよ。さあ、自分が斬るべき相手を見て。」
クジャクがそう言いながらクロウの背中に近づくと、クロウは勢い良く振りかぶってクジャクを斬りつけた。
「ぐおおおおおおお!な、なぜ…。」
「…わからない。ただ…。」
「ただ?」
「体がそう動いた。」
「そう…。いい…わよ…、私はね…。でも、もうあんたに安息の場所はないわ…よ…。」
「そんなものは知らない。」
「そうだった…わね…あんたには…た…たたか…。」
今の一撃が致命傷だったのだろう。クジャクは事切れた。
「お前、どうするんだ。」
「…わからない。」
「もう帰るところはないんじゃないのか。」
「…わからない。」
「お前はどうしたい?」
「…わからない。ただ…俺は自分が何者なのか知りたい。」
「なら俺たちと来い。」
「………わかった。」
クロウこと烏丸樹月は鷲尾たちと同行することになった。『仲間』や『味方』という言葉がふさわしいか定かではない関係ではあるが、少なくとも行くべき道を自分の月光で照らそうとしている彼を信じようとする気持ちには今の一行にはあった。
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