第3話 現実はそこまで甘くない


寝てた人が眠りから覚めて『おはよう』と言ってきた時、どう返すのが正解なのか。そんな事は聞かなくても分かる。こちらも『おはよう』と返せばいい。然し、彼女かもしれない人に言われた時、彼氏はどう返すのか。恐らく、きっと同じことを返せばいいと思うが、恋人同士のルールみたいなものがあるかもしれないと予想して考えるとその選択肢が本当に正しいのか分からない。


記憶喪失。そんな状態に陥った事で、今まで行ってきたことの全てが正しいことなのか判断しにくくなる。


「・・・ユウ君?」


「うおっ!?」


不意に近くで声がして、考え事を中断した俺の顔近くに彼女の顔があり、驚きのあまり後ずさる。先程の電話で言われた『女の子が苦手』というのはあながち間違いではない。と言っても女性恐怖症とかではなく、女の子への耐性がゼロに等しいから上手く話すことができないってだけだ。因みにこれだけは否定させてもらうが、決してコミュ症と言うわけでも無い。異性限定で話せないだけだ。


「ふへへ…可愛いねぇ、ユウ君は」


まだ寝ぼけているらしい彼女は、俺の腹に跨るとそのまま顔を近づけてくる。記憶にない女の子の柔らかい感触とほんのりとした体温、そして彼女のへにゃっとした可愛らしい表情の破壊力に思考の回転が急速に停止へと向かっていく。なにかこの状況を打開する手はないかと思っても、直ぐに、別に拒絶する必要は無いよなぁ、という考えが頭を支配していく。それは無理もない。自分で言うのもなんだが、思春期真っ盛りの男子高校生にとってこんな展開そうそう起きない。数千数万回転生してやっと起きるようなギャルゲイベ。手放すわけが無い。


「・・・・」


ゴクリ、と唾を飲み込む。刻一刻と迫る可愛い女の子とのキス展開。しかし、現実ってのはそうそう甘くはないらしい。グギュルルルっと動物の鳴き声みたいな音が俺の腹から鳴ってしまった。望んでいないタイミングでの腹の虫。空気を読んで欲しいものだ…。


「んへへ…大きなお腹の音だね。ユウ君が空腹で倒れる前にご飯作ってくるね」


俺の腹の音で少し意識が目覚めたらしい彼女は、よいしょっと腹の上からどくと、ご飯を作りに部屋を出ていく。取り残された俺は呼吸を思い出したかのように息を吹き返す。あまりにドキドキしていたことで呼吸のペースが早まっていたらしい。流石に危なかった。もう少しで理性が熔けて消えていた。


「一年前はアレが普通だったと思うと、メンタルバケモン過ぎるだろ…昔の俺は…」


はぁ、っと大きくため息をついて、彼女が昼食を持ってくるまで天井をただただぼーっと眺め続けていた。

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