第2話 友人(?)からの着信

「とりあえず、彼女が起きるまで記憶の手がかりになりそうなもんを探してみるか」


横で未だに起きることなく、スヤスヤと寝ている名前を知らない彼女を起こさない様にベッドから立ち上がる。見覚えのない部屋ってことはどう考えても俺の部屋ではない。それにまだ学生という点を考えれば、同棲という可能性は消してもいいだろう。となると残された可能性は彼女の家にお泊まりって所か。付き合って一年も経ってればお泊まりくらいおかしくない・・・と思う。


「手がかりを探すとは言ったものの、流石に人の部屋を勝手に物色するのはひけるよなぁ」


まいったなぁ、と俺はため息をつく。


「泊まりなら自分のモンあるだろ…っと思ったけど、どこに置いたんだよ…前の俺は」



昔から自分の部屋だったら、荷物をテキトーに床に放り出していた訳だが、他人の部屋でましてや恋人(?)の部屋でそんな雑な事をするのは非常識だ。だからといって、勝手にクローゼットを開けるわけにもいかない。結局、手がかりになり得るのは寝ている彼女か、ロック不可のスマホくらい。


「どうしたもんか・・・・」


先程よりも大きなため息がこぼれる。親か知り合いにでも連絡が出来たら、多少はこの意味不明な状況から脱せれる筈だ。誰でもいいから俺に連絡してくれないものか・・・。


「まぁ、そんな都合よく連絡が来るわけないよな」


俺はスマホを机に置き直し、床に座り込む。そして彼女と俺が写っている数枚のプリクラを眺める。どのプリクラにも彼女の名前はなく、書いてあることといえば、『付き合って一年突破♡』や『ラブラブカップル』、『チュープリ初♡』等となんていうか余りのバカップルぶりに、じわじわと毒が浸透してくる様な感覚を味わう。正直に言うとキツイ。こんなん黒歴史ものだろ、と思ってしまう程に恥ずかしい。


「・・・ん?この制服と学校名って」


『壱条学園入学!!』という文字とピースを逆さにしたよく分からんプリクラ。それは俺が希望していた高校とは別に保険で受験した高校の名前だ。確か、希望校の方は落ちたんだっけか?正直、そこもあやふやだ。ただ、ここに書かれた文字をそのまま捉えるなら、俺と彼女は高校の入学式の日に付き合い始めたことになる。さすがに記憶にある異性免疫ゼロの俺が初日に付き合うなんて天変地異が起きない限り有り得ない。まだ、明日は地震が来るっていう予言の方が信じられる。


「はぁ…新しい疑問ばかり増えてく一方だなぁ」


プリクラを手帳型スマホケースのカード入れの所にしまい、まだ起きそうにない彼女が目覚めるのを待つ事にする。なんというか、ドッと疲れたこともあり、体がだるいし、オマケに眠たい。


「いや、でも・・・彼女と起き違--うおっ!?」


瞼が閉じ、睡魔に完全に取り込まれる瞬間、机に置いていたスマホから着信音が鳴り響いた。俺は慌ててスマホを手に取り、着信相手を確認する。


「・・・柳沼やぎぬま 啓人ひろと?」


聞き覚えのない名前だ。ただ、俺のスマホに登録されてるって事は知り合いなのかもしれない。


「えーっと、もしもし?」


軽く深呼吸をして、通話を始める。そして少し遅れて、


『おっす!悠弥!急に電話して悪ぃな!今、暇か?』


知らない明るい声。その筈なのにどこか懐かしい。よく一緒に話していたような遊んでいたような。それに友達と言うよりは親友に近い懐かしさ。


「あ、えっ、あ・・・」


ただ、懐かしさがあった所で覚えていないものは覚えていない。彼の知っている氷河悠弥がどの様に彼と話し、俺が柳沼啓人に対してどの様に接していたか。その関係性を覚えてないのだから、言葉なんてものは直ぐに出てこない。


『おいおい、珍しくキョドってんじゃん。もしかしてお取り込み中だったりすんのか?』


「あ、いや、そ、そういうわけではないけど…」


『ふーん、まぁ、いいや。とりま、このまま通話はできるって感じでいいか?』


「あ、あぁ」


柳沼啓人にそう答える。どうやら俺の反応がオカシイのは薄々というより明らかに感じ取ってはいるが詮索はしてこないタイプらしい。気遣いのできる性格をしてるのか、単に興味が無いか。どちらにせよ、今の俺にはありがたい話だ。


『重要な話って訳じゃねえーんだけど、また明日提出の課題見せてくんない?今度、お前の好きなハヤシ奢るからさ!な?頼む!』


「・・・課題?」


柳沼啓人から聞いた単語に疑問を抱く。別に課題の意味がわからないとかではない。単純に明日出す課題のことを覚えていないだけだ。ここで課題が何なのかを知らないとは答えにくい。彼の言葉通りなら、俺は毎回課題を見せている事になる。どうしたものか、と考えに考えた後、


「あー、うん。今日中に送る感じでいい?それとも今すぐだったりする?」


なんの課題かを知ってる体でこの場を切り抜けることにした。


『どちらかといえば今すぐがありがてぇけど、お前、日曜日は忙しいって言ってたろ?なんか誰かと会うみたいな・・・もしかして彼女出来たとか?』


「・・・!?」


柳沼啓人の言葉に世界が止まったかのように錯覚した。今、彼は『彼女出来た?』と聞いてきたのか? どういう事だ? 一年もあの女の子と恋人関係を続けていて、オマケに同じ学校だというのに。


『なんて、そんなわけねえか!悠弥は女の子が苦手だもんな!』


「・・・・ん?」


確かに異性が苦手なのは認めざるを得ない。でもだ、なら一緒に寝ていた彼女は誰なんだ?あのプリクラについてはどう説明するんだ?万が一、俺と彼女が恋人関係だということを隠す必要があるのか?理由があるとしたらどういう内容だ?正直、こんな可愛い彼女なら隠すこともないと思うが…。


『まぁ、とりあえず後で課題送っといてくれ!』


「ん、あ、うん」


『そんじゃ、また学校でな!』


柳沼啓人はそう言って通話を切る。俺は暫し、先程の彼の発言に頭が混乱していたが、何とか噛み砕く。どうやら俺と彼女の恋人関係(?)は公表されてないらしい。というか、恋人関係なのか?謎が増えたせいで、プリクラに書かれている事が真実なのか分からなくなる。混乱しすぎて頭が痛い。


「なんでこんなめんどい事になってんだ・・・」


大きなため息をつく。いま寝れば、次目覚めた時には全てが元通りっていう都合がいい展開は無いだろうか。そう思いたくなるほどに悪夢みたいなこの状況が嫌になる。やはり寝ている彼女から聞くしかないのだろう。俺はスマホを机に置いて、ベッドがある方に振り返ると--


「おはよう…ユウ君」


まだ寝ぼけているのか、へにゃっとした表情で瞼を擦りながら微笑む彼女と目が合った。

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