10ー10 文化祭の終わりってほろ苦い

 中の席に通され名波さんと座ると、すぐに注文を聞かれたので、私はコーヒーを頼み、名波さんは苺のパフェを頼んでいた。店員さん(男装をした3年生の先輩)は「少々お待ちくださいね」といって裏に行った。私はその背中を目で追いかけながら、教室全体を見渡した。先輩たちはみんな男装していて、かっこよくなっていた。流石白草女学院だけあって、みんな容姿が整っている。でも、その中でもあの人は一際目立っていた。その中性的な見た目から、みんなの目があの人に釘付けだった。私はあの人に少し目をやったあとに、そのまま目を背けた。


「神代先輩、かっこいいですね」


「......」


「ちょっと、何も黙ることはないでしょう?誉めることぐらいできないんですか?」


「私が褒める義理はありませんから」


「.....」


「......」


「そんな態度だと、関心なくされるわよ」


「......」


「少しでもいい後輩であろうとしていた努力を無駄にしてはダメよ」


「わかったようなこと、言わないでください」


 名波さんとそんな会話をしているうちに、コーヒーとパフェが運ばれてきた。私はコーヒーにすぐに口をつけた。ほろ苦い味は、口の中を微かな懐かしさに包まれていた。でも、もう思い出さないようにしている過去なのだ。あれは、私の遠くに葬られた、もう思い出さない過去なのだ。正面の名波さんは、美味しそうにパフェを頬っていた。私はそれを見ながら、また回りを見渡した。ああ、早く出たいな。早く出て、帰りたい。あの人のいないところへ。なのに、神様って言うのは本当に意地悪なのだ。


「蜜枝じゃないか」


 私の横を通りかかった人に、急に声をかけられて、私は反射的にその顔を見てしまった。そこには、確かに見慣れて、忘れたかった、あの人の顔があった。


「まさか来るとは思ってなかった」


「......っ、ぁ.......」


 夏休みの、この人が部活を引退したあの日から、一度も会っていなかったので、声がでなかった。何を話せばいいのかわからなかった。ただ、目の前にいるこの人がキラキラしすぎていて、眩しくて、すごく嫌いって感情しかわかないのだ。そのとき、名波さんがフォローするように、声を出した。


「神代先輩、お久しぶりです。神代先輩をお目にかかりたくて、来てしまいました」


「ああ、ありがとうな。来てくれてうちのクラスも助かるよ」


「ふふ、それはよかったです。......ごめんなさい、蜜枝さんったら神代先輩が引退してからずっとこうなんです。神代先輩に会ったら元気になるかと思って連れて来たのですけれど......」


 そうして名波さんが私を見た。いかにも喋れ、なにか話せ、という脅迫めいた視線を感じていた。私は仕方なく口を開いた。


「あ、あはは、やだなぁ、名波さんったら。私は至って元気だよ!......先輩も、お久しぶりです」


 ああ、吐き気がする。憎悪がむせかえる。この人の名前は、何があっても呼ばない。呼びはしない。だってあの日、そう決めたんだから。


「ああ、蜜枝も元気そうでよかった。部長は大丈夫か?」


「.......心配に及ぶことでもありません。ご安心ください」


「俺が引退したから、って訳でもなさそうだな」


「.......え?」


「人をまとめる立場になると、そう楽しくは生きられないよな。でも、俺は蜜枝は蜜枝のままでいいと思うぞ。蜜枝だから、部長を任せたんだから」


 その時、後ろからあの人を呼ぶ声がした。あの人は「じゃあな」と言って、私の前から去った。私は持ってた紙ナプキンを握りしめた。


 なにもわかってない。なにもわかってないんだ、あの人は。人をまとめる立場になったから?部長になったから変わった?違う、全部貴方のせいなんだ。あなたが私を変えてくれた。あなたが私を変えてしまった。


 飲み干すブラックコーヒーの、苦いこと苦いこと。










「生徒会長、各クラスの売上です」


「ありがとうございます」


 私は一枚の紙を受け取って、電卓片手に計算を始めた。そうしてカチャカチャやっていると、私の机の前に誰かが来た。


「そんなこと、生徒会長様自ら計算することないんじゃないのかしら」


「.......優子ちゃん」


「それぐらい、会計に任せればいいじゃない。その為の会計でしょ」


「うん、でも文化祭楽しんでほしかったから、私が引き受けたんだ」


「......お人好しねぇ」


「いいの、私に出来ることはこれぐらいだから......」


「......そう」


「うん」


 生徒会室に響くのは電卓の音と、人の騒ぎ声だけだった。もう文化祭も終わりだ。最後の一時間を、みんなそれぞれ楽しんでいる。


「優子ちゃんは......」


「ん?」


「いいの?最後の一時間なのに」


「生憎全部回り終わって暇していたところよ」


「.......そうなんだ」


「名野こそいいの?あなたこの二日間生徒会室にこもりっきりじゃない」


「私は、皆が楽しがればそれで.......」


「......本当に馬鹿なのね」


「えっ!?」


「名野が楽しくないと、皆も楽しくないわよ」


 優子ちゃんはそう言うと、私から顔を背けた。


「来年の今頃は、名野は生徒会長じゃないわね」


「.....うん」


「だったら、回るわよ。一緒に」


「.......ふふ、うん!」

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