10ー9 あの人に会いに行くのは嫌。でも会わないのはもっと......

 多分きっと好きだった。いや、確かに好きだった。だから、こんなに嫌いになった。好きの反対は無関心、何て言うけれど、そんなの嘘だと思う。好きの反対は嫌いだ。ただ相手を嫌う、憎悪の感情だけだ。それでも、そんなことを言っても、私はまだあの人を嫌いきれずに、今でもずるずると引きずっている。こんなにも体と心が重くなるまでに。 




「ねぇ、3年A組の出し物聞きました?」


「男装カフェなんですってね!」


「白幸先輩がいるのに舞台じゃないなんて、思いきりましたわね」


「あっ、でも、噂なんですけど、白幸先輩、神代先輩に......」


 私は一年生達の言葉を遮るように、声を掛けた。


「はい、一年生の皆さん。店子交代の時間ですよ!」


 私がそう言うと、一年生は噂話をやめてお店の外に出た。私はそれを見ながらまた仕事に戻った。



 白草女学院文化祭2日目。今日も今日とて、学院内は盛り上がっている。昨日は2年B組の「ロミオとジュリエット」が凄かったらしく、興味はそそられたが、自分の出し物で忙しく、行くことはできなかった。私達弓道部の出し物は、無難に手作りお菓子の販売だった。なにか他と違うことがあるとすれば、屋台の焼きそばやたこ焼きはシェフが作ったものを生徒が販売しているだけだが、うちのお菓子はちゃんと部員で作った手作りだ。勿論、シェフ慣習だけど。また、味が不味かったら白草女学院の名前に傷がつく云々で、生徒会にも味の確認をした、保証に保証を掛けたお菓子なので、安心感も高いと思う。そんなわけで弓道部は学年交代で店子をして、お菓子を販売していた。私は部長なので、中でトラブルが起きたときの対応をすべく、ほぼ監視係をしていた。


 文化祭と言ったって、忙しいことには代わりない。別に気になる出し物もないし、このまま店で時間を過ごそうと思っていたそのときだった。


「蜜枝さん」


 後ろから声を掛けられて、振り向くと、そこには名波さんが立っていた。


「名波さん......」


「あきらかにつまらないって顔、してますわね」


「......別に。店が忙しいだけです」


「そんな蜜枝さんに、息抜きの提案をしに来たのです」


 そう言って名波さんは、私に一枚のチラシを渡してきた。そこにはでかでかと「男装カフェ」と書かれていた。あきらかに3年A組の出し物のチラシだ。


「これが、どうかしたんですか?」


「行きたいのですけど、一人で行くには少し恥ずかしくて。だから、蜜枝さんと一緒に行こうと思いまして......」


 そう言った名波さんに、私はチラシを返した。


「私は店があるのでいいです」


「でも顧問の先生に蜜枝を休ませてくれ、と頼まれましたから......」


 驚いて私が後ろを振り向くと、顧問の先生が私を見て微笑んでいた。しまった、罠に掛けられた.....!


「お店は他の2年がやりますので、蜜枝さんは私と一緒に男装カフェに行きましょう!」


 そうして腕を引っ張られている最中、私は、そう言えば名波さんは一度決めたことは決して曲げない性格だったことを思い出していた。





 男装カフェには、なかなかの人が集まっていた。列もちらほら出来ていて、私はなおさら行く気が失せたが、名波さんの勢いが止まらないので結局並ぶことにした。名波さんはメニューを見て、何にしようか迷っていた。


「蜜枝さん、何にしますか?」


「名波さんが適当に選んでください......」


 そんなことを私が言うと、名波さんは私の頭を軽くぽんっ、と叩いた。


「え、な、何するんですか.......!」


「貴方ねぇ、子供じゃないんだから表情ぐらい作りなさい。そんな不貞腐れた顔していたら、神代先輩がどう思われるか......!」


「そんな、あの人は私の顔どころか、私にすら気づかないですよ」


「馬鹿なことを仰い!それ以上駄々をこねたら、神代先輩の前にさらし上げてあげますから」


「はぁ、わかりました。わかりましたから......」


 いよいよ名波さんの威力に負けて、私は仕方なく表情を作って笑顔で自分の顔を固めた。一応あの人が見ていると思って、一応気にはして。でもそれは、ほんの少しの懐かしさもあった。まだあの人が好きだった頃の私。いつも元気で少しでもかわいく思われたかった頃の私、あの人の前では笑顔を張り付けていた頃の私が、ほんの夏のまでの話だったのに、今では遠く感じるのだ。今の私に、可愛いげのある後輩はもうできないから、せめて静かにいようと思った。あくまでも私は名波さんの付き添いだ。たまたま知り合いに誘われてここに来ただけで、あの人のことなんか何も知らない私なのだから。


「二名様、ご案内です~!」


 そう言って私達はカフェの中に通された。あの人は私の目を一瞬で惹いた。あの人は、最後にであった夏休みより少し大人びた姿で、そこにいたのだ。









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