10ー6 舞台の始まり

 私たちが体育館についてすぐ、文化祭の出し物は始まっていた。私たちの順番は3番目で順番まであと1時間近くあったが、準備等があったので結局舞台裏にスタンバイしていることになった。最後の衣装合わせや台本の確認をして過ごした。私たちの前の出し物は三年生で、最後の文化祭ということもあって完成度が高かった。聞いたことがある声があると思ったら、白幸先輩が主役の舞台だった。流石綺麗な白幸先輩だった。舞台の上で照明に照らされていたら、なおさら綺麗だった。元々完成度的に勝てるとも思っていないが、でもやるのならば完成度的にも勝ちたい気持ちがある。そんなことを思いつつ、出番を待っていると遠くから誰かが走ってきた。


「桜宮さん!」


「と、戸神さん?」


 走ってきたのは戸神さんだった。戸神さんは綺麗に着飾られて、いつもとは違うイメージがあった。戸神さんは私の前で立ち止まると、そのまま軽く息を整えた。


「戸神さん、どうかしたんですか?なにか、確認したいこととか......?」


「いや、違うんだ」


 そう言って戸神さんは顔を上げた。


「桜宮さんの顔見たかったから。......舞台、楽しもう。最高の、思い出の残る舞台にしよう」


 そう言って笑った戸神さんは、もうすでに楽しそうで、キラキラしていて、私は目を見開いた。そうして、微笑んだ。


「......はい、楽しみましょう!最高の舞台を!」


「うん!じゃあ」


 そう言って戸神さんは自分の場所に帰っていった。その瞬間、役員の人に準備してくださいと呼ばれた。私は意気込んで、椅子から立ち上がり、そのまま舞台への階段を駆け上がった。


 



 この感覚は、いったいいつぶりだろうか。人の前に立つことを、あの日から避けてきたのに、不思議と今はこんな舞台の上に立っている。人生なんてわからないものだ。避けていたことも、何かの拍子で巡りあってしまうのだから。でも、緊張や恐怖は違う。そこにあるべき感情はきっと<楽しい>だ。クラスのみんなのためにも、私自身のためにも、そうして戸神さんのためにも、楽しもうと思った。それに、戸神さんにいい思い出になるような文化祭にしたい。せっかく私を選んでくれたのだから。本当は好きでもなく、みんなの希望で任された<ジュリエット>という役のお供に、私を選んでくれた。なら、私もその期待に答えたい。私が言ったのだから、楽しもうと。思い出に残る舞台にしようと。だから、そのためにできる努力は、全力をかけて使用と思う。そう思った瞬間に舞台の幕が開いた。






 私は演じながら、文化祭一日目にしては結構な人が来ているな、と感じていた。去年はこんなに人は多くなかった気がするのに。私はそう思いながらも、舞台に集中しつつ、慎重に演技を続けていった。私の場面を終えて、戸神さんの場面に入ると、観客席からは歓声が上がっていた。そりゃああの王子様がジュリエットなんかやっていたら、誰だって釘付けになるだろう。パンフレットにも「主役は戸神侑李さんト桜宮彩葉さんです」なんて堂々とかかれてしまったし。そんなことを思いながら舞台を、舞台裏から見ていると「そろそろ出番です」と呼ばれたので、私は舞台袖にスタンバイした。


 ロミオとジュリエットが出会う最初のシーンは、ジュリエットが一人で隠れ場所にいるときに起きる。舞台には戸神さんが静かに立っていた。私は緊張する気持ちを押さえて、舞台の真ん中へと向かった。舞台へ、歩き出した。心には戸神さんに言った自分の言葉があった。


(最高に、思い出に残る、楽しい舞台を)


 私が舞台の真ん中に来ると、戸神さんが早速私に台詞を投げ掛けた。私はそれに(本番でも崩れない、安定した演技力だな)と感心しつつ、演技を続けた。そうして、そのまま戸神さんの前に立ち、戸神さんの手を取った。

 

『すみません、いきなり手を握ったりして。聖者の手が穢れましたね』


『聖者だなんて、そんな......』


 練習通りだ。練習通り、舞台は進んでいる。戸神さんもそこまで緊張していないようだし、私は安心して台詞を続けた。


『口づけで清めさせてください』


 そう言って私は戸神さんの手の甲にキスをするをした。結局色々考えたが、キスなんて最初からしなくてよかったのだ。考えることでもなかった。私はそう考えながら、演技を進めていった。


「巡者の像は動けません」


「では、そのまま動かないで。この祈りを受け取ってください」


 その台詞と共に、私は角度を少し変えて戸神さんにキスをするふりをした。観客席からは歓声とも悲鳴ともわからない声が上がった。そうして戸神さんとみつめあう。


「これでこの唇は清められました」


「まぁ、私の唇に罪を移した訳ですね」


 私は甘い雰囲気に、あと少しで終わるから、と自分を納めて台詞を続けた。


「じゃあ、その罪を返してもらわないと」


 そうしてまたキスのをする。演技としては完璧なはずだった。ただ、ふと目の端に写った、戸神さんの顔が寂しそうに気がして、どこか心になにかが残った。



※「ロミオとジュリエット」 原作・ウィリアム・シェイクスピア  小説・鬼塚忠 より台詞を参考にさせていただきました。

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