10ー5 誰よりも楽しむべき

 そのあとも戸神さんと色々な出し物を回った。お化け屋敷は怖くて入れなかったけれど、展示品を見たりカフェなどに入ってお茶したりして、私達は午前中の時間を潰した。戸神さんはいくら変装をしているとはいえ、その見た目を全て隠すことはできなかったようで、通りすぎる中学生の視線を集めていた。もしかしたら今日、戸神さんを見た中学生が戸神さん目当てで受験するかもしれない。なんて馬鹿なことを思いながら、私達は外の屋店に出た。外は意外にも焼きそばやクレープなど、白草女学院にしてはアバウトなものが並んでいたが、よくよく見たら生徒は外で売り子をしているだけで、なかではいかにも雇ったシェフたちが焼きそばなんかを作っていた。流石は白草女学院。普段寮で一流シェフのご飯を食べている陽なお嬢様たちが、まさか自分で料理を作るわけがなかった。ただし、料理を作る力はなくても、お茶会で備えた愛想があるので売り子はできる。そんなわけで、屋店の通りはほぼお嬢様の花道みたいになっていた。私はそんな状況を見ると思わず逃げ出したくなるのだが、戸神さんは何食わぬ顔をして色々食べ物を買っていくので、私は感心してしまった。


 ちょうどお昼時、私達は教室で戸神さんが買ってくれたご飯を机に並べていた。


「これ、余ったら夜ご飯にしよう。今から疲れるだろうし」


 戸神さんのナチュラルな気遣いに私はまた感心しつつ、私達はお昼ご飯を食べた。戸神さんが焼きそばを食べている姿はなんだか意外すぎて、私は「ああ、戸神さんもそんなもの食べるんだ」なんて実感していた。流石シェフが作ったものだけあって、ご飯は美味しかった。戸神さんもパクパクと食べていた。


「......彩葉はさ、緊張しない?」


「......え?」


「僕、文化祭の劇とか出るのはじめてだから、なんだか緊張しちゃってね。彩葉は緊張しないのかなぁって」


「私は....」


 私は焼きそばを食べながら、自分が緊張しているのかについて考えてみた。実際劇とかで緊張する人はいるだろうけれど、私はそんなにかな、と思ってしまった。


「私は、そんなに緊張しないですかね......。なんだかんだ言って人前に出るのはなれていますし。あんまり深くは考えませんね」


「そうなんだ。いいね」


 戸神さんはそう言ってパクパクとたこ焼きを食べていた。私はその姿を見て、あることを思った。


(戸神さんって、もしかして緊張すると話さなくなる人?)


 思えば戸神さんは教室に着てからあまり話さない。いつもみたいににこにこもしていないし、なんか緊張していると思えば、納得できる。そうか、戸神さんにもこんな一面があったとは......。私はそう思うと、たこ焼きを食べ終わった戸神さんの手に、自分の手を重ねた。


「い、彩葉?」


 戸惑っている戸神さんを無視して私は、戸神さんの顔を正面から見据えた。


「あの、緊張する気持ちはすごくわかります。私もまだ慣れてないときは、たくさん緊張したし。だけど、それ以上に見てる人はきっと戸神さんが楽しんでいないと、楽しくないと思います。戸神さんが私と劇したいって思ってくれるなら、今でもそう思ってくれるなら、今日は楽しんでほしいです。誰よりも、楽しんでほしいです。そしたら、きっと見ている人も、楽しくなると思いますから......って、お母さんの受け売りなんですけれどね」


 いつのまにか私は顔をうつむけていた。でもその反面に、戸神さんの手を握る強さは強くなっていた。そこで私は気がついた。


(私、戸神さんに楽しんでほしかったんだ)


 一緒に出し物を回っていても、戸神さんが人の目を気にしているのは気がついていた。きっと、今までもそうだったんだろう。人の目のせいで楽しめない。人のせいで、いや、人が作ったという虚像のせいで、文化祭すらも楽しめない。私はそんな戸神さんに、せめて少しでいいから文化祭を楽しんでほしかったのだ、きっと。私は今度こそ、戸神さんの顔を見た。


「私との舞台なんだから、今日は私と楽しんでくださいよ!」


 その瞬間に、戸神さんの目が輝いた気がした。戸神さんは私の言葉を全部聞き終わったあとに、優しく笑ってくれた。


「......ありがとう、彩葉。そうだよね、人の目を気にしていたら、楽しめないよね」


 戸神さんは私の手をさらに強く握り返した。


「わかった。彩葉都の舞台を、精一杯、めいっぱい、楽しむことにするよ」


 そう言って笑った戸神さんの顔は、いつもの家での戸神さんの顔だった。


「はい、!そうしてください!」


 そう言って、私たちが微笑みあったときだった。


「あ~、見つけた!桜宮さん、戸神さん。そろそろ準備だから、体育館に来てくれ増すか?」


 クラスメイトの子に、そう声をかけられて、私達はすぐに離れた。


「今、行きますね!」


 私はそう返事して、机の上の物を片づけた。戸神さんも立ち上がって、体育館に行く準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る