10ー4 文化祭は楽しまなきゃ損

 白草女学院文化祭、略して<白草祭>は、最高の秋晴れの日に行われた。いつもは閉じられている門が開かれ、午前から校舎内は多くの人で溢れかっていた。とはいっても白草女学院の文化祭は特殊で、基本的に生徒の家族と白草女学院を志望校にしようとしている中学生しか入場することはできない。もし男子高校生なんかが来たりしたら、呼んだ生徒は退学ものだ。いくら文化祭とはいえ、生徒の不純異性交遊は禁じられているのだ。それが起こらないための徹底的なシステムなのだ。ちなみに学院に入る為のシステムも徹底していて、事前に送られてくる個人情報が記載された入場券を持っていないとはいれない仕組みだ。事前に来ると申請がある人しか入れない仕組みになっている徹底ぶりといえば、もはや尊敬してしまう。そんなわけでほぼ生徒の家族と中学生しか来ない文化祭が始まった。


 舞台の出し物は全部午後からになっているので、私は午前中暇だった。折角だから光と売店でも回ろうと思っていたのに、光は運動部の出し物のお手伝いをするらしくそのまま駆り出されてしまった。流石に一人で色々回る勇気はないので、台詞の確認でもしようかと自分の教室で椅子に座っていた。台本を開き、自分の台詞を確認する。結局私は戸神さんとのキスシーンをどうするか、今日まで決められていなかった。昨日の夜もベットに入ってからもずっと考えていたのに、最終的な結論は決められていなかった。こうなってくるといよいよその場の雰囲気に任せてしまおうというなげやりな考えに至ってしまう。どうせキスなんかしたりしないのだから。ただの演技演技。私はそう割りきって、台本の文字を追っていた、その時だった。


「見つけた、彩葉!」


 そんな声とともに、戸神さんが教室に入ってきた。走ってきたのか息が荒く、髪も少し乱れていた。戸神さんは私の前にやって来たので、私は台本を閉じて、戸神さんを見た。


「戸神さん、そんなに急いでどうかしましたか?」


「折角だから彩葉と文化祭回りたいと思ってたんだけど、光と回るかな、と思って声かけないでおいたんだよ。さっき光に会ってさ、彩葉教室にいるって聞いて急いで来た」


 そのまま戸神さんは話を続けた。


「だから、一緒に回らない?彩葉と一緒に回りたいな」


 戸神さんの真っ直ぐな目に、私も戸神さんを凝視してしまった。今までの人生でこんなに真っ直ぐなにかに誘われたことはないので、驚くのも無理はないのだ。でも戸神さんは思えばいつだってこんな人だったなとも思う。いつも真っ直ぐな、正直な言葉を私にくれていた。ひねくれた私とは違って、いつも真っ直ぐなこの人に、私はその真っ直ぐさに、いつも惹かれてきたのだと思う。だからいつだって、断ることはできないのだ。私は台本を机に置いて、椅子からスッと立ち上がった。


「私もあんまり知らないので、色々案内できないですけれど......いいですか?」


 その言葉に、戸神さんは少し驚いたようにしたあと、優しく微笑んだ。


「全然大丈夫。彩葉と楽しめれば」


 そう言われ差し伸べられた手を、私は取った。



 そんなわけで私と戸神さんは一緒に文化祭の出し物を回ることになった。戸神さんは私に気を使ってくれ、キャップの帽子を被って髪を結い上げてくれた。戸神さんと一緒に文化祭を回りたい女の子はたくさんいる。もし私と一緒に回って私が女の子達になにかを言われないように、その配慮で、戸神さんは変装なんてものをしてくれているのだと思うと、とても嬉しかった。私を気遣ってくれる戸神さんのそんなところが、私は好きなのだ。もちろん、恋愛感情としてじゃないけれど。ただの友達として、人として好きってことだ。


 とりあえず私達は校舎の中の出し物を回ることにした。白草とは言えども女子高生。それなりに派手な出し物が並んでいた。お化け屋敷、プラネタリウム、喫茶、絵や作品の展示など、その他もろもろ。色々見て回っていると、戸神さんが


「色々あるけど、彩葉はどれがいい?」


 と、尋ねてきた。私は少し考えたあとに、一年生がやっているプラネタリウムを指差した。


「プラネタリウムとかどうですか?」


 戸神さんはすぐに「いいね」といって、受け付けに向かっていった。受け付けには可愛らしい一年生がいて、私達を見るとすぐにかわいい笑顔で「お二人様ですか?」と尋ねてきた。戸神さんが「二人です」と答え、自作のパンフレットを渡され、私達は中に入った。入る前に後ろで「あれ。2年の戸神先輩じゃない?」という声が聞こえたので、私はひやひやしたけれど、戸神さんはいたって普通の顔をしていたので、私も意識しないことにした。


「わぁ、すごいですね......」


 中は黒い布でおおわれていて、本当に綺麗な星の集まりが見えた。完成度が高く、至るところには季節に合わせた秋の星座が作られていた。


「すごい完成度だね」


 そう言って星を見ていた戸神さんの顔を、私はこっそり覗きこんだ。その顔は微かな光に照らされて、見惚れるほどに綺麗だった。

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