10ー3 文化祭の準備は悩んだり進んだり

 そんなこともありながら、文化祭の練習は進んでいった。役者班はもちろんだが、道具班や衣装班も着々と準備を進めていた。主役を務める私と戸神さんは、何度もサイズや持ちやすさなどで意見を求められた。私が演じるロミオは特に小道具が多く、模造の剣を持たせられたりした。そんなもの日常で持つことなど、剣道部の人でもないので私は少しむずむずしてしまった。その反面、ジュリエットを演じる戸神さんにはアクセサリーやきれいな小物をつけられ、その度に衣装班が歓声を上げていた。私からすれば、戸神さんに触りたいだけなのでは......?なんて邪推してしまい、今度はモヤモヤしてしまった。むずむずしたり、モヤモヤしたり、私はこんなにも忙しい感情を持っていたなんて、知りもしなかったのに。


 衣装班は特に気合いの入り方が違った。私はともかく戸神さんに衣装を、しかも、ドレスを着せるとなれば話は違うのだろう。衣装班はデザインから装飾から何から何まで考え抜き、戸神さんに一番似合うドレスを考えていた。そりゃあ学院の王子様にドレスを着せるとなれば、そんなに気合いが入るのだってわかる気がする。そう考えたら、私は戸神さんの相手役をする方がまだいいな、と思った。戸神さんに似合うドレスを考えるなんて、とてもじゃないけれどセンスのない私にはできない。逆にプレッシャーだ。その反面、私なんかに着せる服は考えやすかったようで、王道的な王子様の白い服を着せられた。体も小さいので、ある程度出来上がったら、あとは装飾をつけるだけで私の衣装作りは終わった。それに比べて戸神さんの衣装はなかなか出来上がらなかったし、みんなのこだわりが強かったので、いつも衣装班の教室を通りすぎる度にきれいなドレスがさらにきれいに変わっていっていた。しかも流石は白草女学院、時間はなくても予算はある。そんなわけで戸神さんのドレスは3着ほど増えていた。一体10人ほどの人数で、2週間ほどの期間でよく3着も作ったもんだと思った。話によれば、戸神さんのドレスを作りたい人を募り、違うクラスの人や部活の人を集めたらしく、最終的には戸神さんのドレス作りはおおよそ30人ほどが関わっていると言う、ほど1クラスが関わる事態になったらしい。流石戸神さんの人を惹き付けるカリスマ性といえばいいのだろうか、元から持っているものと言うのは本当にすごいんだな、と私は改めて戸神さんに感心してしまった。


 そんな訳で道具班・衣装班はそんな感じに進んでいるのだが、もちろん役者班も練習は進んでいた。役者達がある程度台詞・動きを完成させたら、今度は舞台での練習に移った。とは言っても、出し物が舞台を使うのは演劇部や3年生などが多いので、実際に舞台を使って練習できたのは2週間のうち、5、6回ほどだった。役者班、とは言っても、その中には音響・照明も含まれているので、実際には音響・照明の合わせみたいなものだった。あとは衣装の着替えや道具の持ち変えなどを確認して、なるべく舞台裏はスムースに進むようにした。そんなこんなで劇の練習は着々と進んでいった。


 そんなこんなで文化祭まで残り一週間を切ったところで、私はいよいよある悩みを明確に決断しなければならない状況に追い込まれていた。それは<キスシーン>の話である。作中では何回か、ジュリエットとロミオがキスをするシーンがある。しかも一回一回大事にするのかといえばそうじゃなく、軽いフレンチキスのような気軽さでキスするので困った。いくらなんでも、あの戸神さんの綺麗な顔と顔を合わせなきゃいけないなんて本当に緊張するのだ。練習ではお互い「ここでキスをするんだよね~」見たいな雰囲気を出しただけで、実際に顔を合わせることはしなかった。いや、実際には演技なのだからキスなんてしなくてもいいのだけれど、私は残念ながら人生でキスをしたことがないので、もし戸神さんとキスをすることがあれば、私のファーストキスは戸神さんと言うことになってしまう。それは流石にまずいので、私はどうキスシーンを演じるかを、はっきりさせなければならなかった。かといって、戸神さんに直接「キスシーンをどうしますか?」なんて恥ずかしくて聞けやしないので、私はさらに悩むことになっていた。でも、相談する人を変えるならいいかもしれない。私はそんなわけで、光にそれを尋ねることにした。


「え?キスシーン?」


「あんまり大きな声で言わないで......」


 光は照明の機材を淡々と動かしながら、私の質問を聞き返した。


「そんなの、適当に受け流せばいいじゃん」


「いやいや、それができないから神様仏様光様にこうして聞いているんじゃない!」


「そんな崇められたって。そんなに悩むなら、もうしちゃえばいいじゃない」


「......え?な、なんて......?」


「だから、いっそのこともうしちゃえばいいじゃない。ちょっと友達と文化祭でキスしたぐらい、ファーストキスのうちにも入らないよ」


 そんなことを光に言われ私が呆然としている間に、文化祭は当日を迎えようとしていた。


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