10ー2 練習とか、発見とか

 文化祭まであと二週間を切った今日。6時間目と放課後を使って、早速演劇の練習が始まった。流石は白草女学院、予算など普通の学校の倍はある。そんなわけで、クラスは主に役者班、道具班、衣装班に別れて作業することになった。私は戸神さんの希望でもちろん役者班に入れられた。それで一番大事なのは、なんの劇をするのかだった。そこで名前が上がったのがロミオとジュリエットだった。なんでも白草女学院の生徒は、許されざる禁断の恋愛がどうも好みらしい。そんなわけで主役、ジュリエットは戸神さん。その戸神さんのお願いで、私がロミオになった。せめて逆がよかったと思うのはもう遅い。クラスのみんなは、戸神さんのジュリエットに、もうすでに妄想を始めているからだ。そんなわけで、まずは台詞を覚えるところから、着々と劇の練習は進み始めた。


 正直なところ、劇と言う出し物は私にとってそこまで難しい話ではなかった。それもこれも昔やっていた子役の経験からだった。人前に出るのは慣れっこなのである。まさかこんなところで活かされるとは思ってもいなかったけれど。唯一、難点とされるのは男役が初めてと言うところだった。流石の子役時代でも、少年役なんてものはしなかったので、ロミオを演じるにあたってまずは男性の研究から始めなければならなかった。とは言ってもそんな都合のいい教材はないので、私は某有名歌劇団の劇のDVDを見ることにした。そこから吸収したこと、学んだことを台本に書き、私は自分でも驚くほどに真剣に劇の練習に取り組んでいた。それもこれも全ては舞台の成功のためである。私が失敗すればクラスに迷惑がかかり、戸神さんに迷惑がかかることになるのだ。それだけはあってはならない。そんなわけで劇の準備は準々と進んでいった。


 それともうひとつ、気がついた事がある。それは練習している戸神さんの事だ。ジュリエットを演じている戸神さんは、はっきりいってしまえば綺麗だった。ものすごく綺麗だった。立ち振舞いから、視線から、台詞から、声までそのすべてが、ジュリエットを作り出していた。普段の<王子様>のような戸神さんとは一転、恋する可憐な乙女に変貌した戸神さんに誰もが魅了されていた。髪の束の揺れから、指先の爪の先まで、すべてが計算されているように感じさせる。いや、それすらも感じさせないのだ。感じさせないほどに、戸神さんは誰よりも、何よりもジュリエットだった。




 そんな風に練習を進めていたある日の事だった。今日も学校で練習を終わらせ、私が夕飯の後片付けをしていると、戸神さんがリビングにやって来た。


「彩葉、ちょっといい?」


 そう尋ねられ、私はお皿を洗う手を止めた。


「はい、なんでしょうか?」


 そう言うと、戸神さんは私の前に台本を掲げた。


「ちょっと台詞の練習しない?」



 私はお皿洗いを終えると、戸神さんの座っている正面に座ろうとしたが、


「台本、ひとつしかないから隣に座ってくれる?」


 と、言われ渋々隣に腰かけた。戸神さんは台本の終盤のページを開いて、私に見せた。


「ここ、ここのこの掛け合いのシーン。練習ではさらっと流されたけど、僕的にすごく大事なシーンだと思っているんだよね。だからもう少し彩葉と練習して掘り下げたくて......」


 そう言った戸神さんの言葉に、私は戸神さんが本気で劇を、舞台を成功させようとしているのを感じた。なんだ、戸神さんも普通の女子高生じゃないか。なんだか教室で戸神さんを主役にしようと言った話が出たとき、戸神さんの表情がどこか遠くを見ていたように気がしたから、やっぱり嫌なのかな、と心配していたが、それは杞憂で終わったようだ。私は「いいですよ、やりましょう」とその提案に乗り、台本の台詞を見た。


 戸神さんが指定したシーンは、作中でロミオとジュリエットが会話する最後のシーンだった。私もそこのシーンは力を入れたいと思っていたので、ちょうどよかったと、早速練習を始めた。流石に舞台と同じトーンでは言えないので、喋るような感じで私たちは台詞を確認した。戸神さんは一つ一つの台詞を丁寧に話していく。私はその丁寧さに負けないように、さらに丁寧に、心を込めて台詞を読んだ。台詞を話している途中で、最近は戸神さんとこうして長く話すこともなかったな、と思った。それこそお父さんの事があった日に話したぐらいで、あれからは何気ない会話していない。そういえば戸神さんの声って落ち着くんだよなって、前々から思っていたんだよな。なんか、女の子にしては少し低くくて、でもいい声をしていると思う。こうしてこんなに側で聞いて、そんなことを思い出した。なんて、考えているうちに、台詞はあっという間に終わった。私がふぅ、と一息つくと、戸神さんは私を見て笑っていた。


「ふふ、彩葉さ......」


「、?なんですか?」


「全然違うこと考えてたでしょ?」


「えっ!?」


「顔が別の事考えてた」


 笑いながら戸神さんはそう言った。私が思わず謝ろうとすると、戸神さんは笑って続けた。


「でもいいよ。だって考えてたの、僕の事でしょ?それに練習って言うのは半分嘘だから」


 そう言って戸神さんは私に笑いかけた。


「本当は寝る前に彩葉の声が聞きたかっただけ」


 そんな戸神さんの言葉に、私は赤面するしかなかった。

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