10ー1 10月は文化祭の季節です

 季節は10月。9月の暑さも過ぎ去り、制服も中間服へと変わって、寒さを肌で感じるようになった。早い人はブレザーまで着ている。そんな季節のなかで、私も季節の変化を感じていた。家の花壇の花を秋の花に植え替えたり、二学期も半ばに入ってきたりして、私自身も少し忙しい毎日を送っていた。だけれど、その反面、生活はなにも変わっていない。相変わらずお母さんの帰ってこない毎日。でも、相変わらず戸神さんが一緒にいる毎日。結局お父さんの事があって、戸神さんにはとても迷惑をかけてしまった。だけれど戸神さんは私を責めることもなく、ただ私の帰る場所としてあり続けてくれた。私はまた戸神さんに迷惑をかけてしまった。だから今は少しでもその恩返しをしたいと思い、色々試行錯誤しているところだ。いつだって私にできることなんてほんの少ししかない。戸神さんができる事の方が多くのは明らかだ。それでも戸神さんは私と居ることを望んでくれる。だからその望みに報い、私は私ができる事をしていこうと思った。だから今は、そんな風に生活している。そんな穏やかな、ささやかな、そんな毎日だ。ただ、学校というところに所属していると穏やかな毎日というのは望めないのが、つまるところの結論なのだ。





「はい、皆さん。今日の6時限目は文化祭の出し物を決めますよ」


 芹沢先生がそう言った瞬間に、教室の中が少し騒がしくなった。それもそうだろう。文化祭が嫌いな学生なんて、私は見たことがない。居るとしたら、そんな学生は相当冷めきっている。私はそんなことを思いながら、教室のみんなを見ていた。芹沢先生もまた行事事が好きな人だ。盛り上がるみんなに「はい、静かに」とはいっているものの、顔は嬉しそうだ。芹沢先生はああ見えて結構なミーハーだ。文化祭なんて大好きに決まっているのだ。そんなことを思っているうちに、早速出し物の意見が出されていた。大体みんながやりそうな出し物があげられていくなか、私は黒板に書かれていく候補を見ていた。白草女学院の文化祭は実は難しい。単純なカフェなら、お茶会部の担当だし、他にも活発な部活が色々な出し物をするので、被らない出し物は難しいのだ。大体は重複してしまうので、早く提案したもん勝ちなのだ。そんなことを考えている間にも、色々と意見が上がって聞くなか、一人の生徒が意気揚々と手をあげた。


「はい、私は劇がいいと思います!」


 そう聞かれて、芹沢先生は少し悩んだ。


「舞台の出し物は演劇部や3年生がやりますからねぇ、なにか相当目立たないと......」


 その言葉を待っていたように、一人の生徒は話を続けた。


「はい。だからそこの提案なのですが、劇の主役を戸神さんにするのはどうでしょうか?」


 その瞬間、教室から歓声が上がった。


「先生、私もとてもよいと思います!」


「戸神さんほどの美しさなら、きっと素敵な舞台になりますわ」


「私も賛成です!」


 教室は戸神さんを劇の主役にする事に絶賛の嵐だ。私は思わず隣の戸神さんを見てしまった。戸神さんは少し驚いたような顔をしているだけで、名前をあげられて勝手に主役にされそうだというのに、ほとんど動揺していなかった。流石戸神さんだな、と思った反面、こういったのはちゃんと断った方が良いのでは......?と私は思ってしまった。だがその反面、絶賛の嵐は話を進めていく。教室の過半数はもうその意見に賛成だった。困ったように芹沢先生が、おどおどと戸神さんに尋ねた。


「戸神さん。みんなこう言っているけれど、貴方的にどうかしら?」


 戸神さんは少し考えたあとに、


「いえ、私は大丈夫です。むしろクラスのみんなのお役に立てるなら、是非やらせていただきたいです」


 なんて、とんでもないことを言い出した。私はそんな戸神さんの言葉に、思わず戸神さんを凝視してしまった。でも、戸神さんは私の視線にも気づいていない。私は初めて戸神さんの肩を揺さぶりたくなった。おいおい、そんな簡単に引き受けないでくれ。せめて引き受ける前に、私に相談してくれ。なんて思ったはいいが、みんなの視線がある以上、肩を揺さぶることもできない。私はひやひやした気持ちで、事の成り行きを見守ることにした。すると、芹沢先生が嬉しそうに顔を上げた。


「そう!戸神さんがいいなら、いいのだけれど......!」


 そう言った戸神さんに芹沢先生は手を合わせて喜んだ。


「そうね、戸神さんもそう言っているし、皆さんの意見も一緒なら、劇にしてもいいですね。では、劇で賛成の人は手を挙げてください」


 そう言った瞬間に、一斉に過半数の生徒が手を挙げた。私も過半数の威力に逆らうことはできず、そのままおずおずと手を挙げる。芹沢先生は教室中を見渡して、


「では、出し物は劇で決定ですね!」


 と、意気揚々と声を出した。みんな戸神さんが主役だということに、テンションが上がっているのか、いつもより大きく手を叩いた。だが、その中で戸神さんがスッと手を挙げた。


「はい、戸神さん。なにか意見ですか?」


 芹沢先生に当てられ、戸神さんは「はい」と軽やかに返事をした。


「私が主役ということでひとつ、お願いしたいことがあるのですが」


 と言う戸神さんに、芹沢先生は「なんですか?」と陽気に尋ねる。


「桜宮さんも一緒に主役にしてください」


 私はさっき手を挙げた事を、早々に後悔した。

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