9-11 たとえ未来で別れても
お父様は顔色ひとつ変えずに、ニヤリ、と僕に笑って見せた。
「待っていたよ、私の可愛い娘よ」
僕は軽蔑した眼差しで、お父様を見つめた。
「……お母様はいないんですか?昨日は盛んだったようですが」
僕が睨みつけてそう言うと、お父様はお手上げだと言いたげに両手を上げた。
「いや、すまないね。恥ずかしいところを見られてしまった。まだ侑李や、彩葉ちゃんには、早かったかな?」
そのバカにしたような声に、僕は
「彩葉の名前をあなたが口にするな!」
と、叫んでいた。お父様は僕を上から下まで舐めるように見ると、
「そうか、恋愛はそこまで人を変えるか」
と言って、鼻で笑った。僕は気分が悪くなって、さっさと要件を済ませることにした。
「お父様、お母様の元旦那さんとの面会権を元に戻してください」
僕の言葉に、お父様は目を細めた。
「ほぅ、何故かな?彩葉ちゃんの父親は私だ。もう彼に会う必要は無いと思うが」
僕はずんずんと足を進めると、お父様と僕を挟む机を、ばんっ、と叩いた。
「まだ彩葉のことを何も知らないあなたが、それを言うのはやめて貰えますか……?」
「気分が悪いな。お互いに」
「ええ、本当に」
お互いに、睨み合いが続く。お父様とちゃんと目を合わせるのが、まさかこんなことでなんて、なんて悲しいのだろうか。お父様は1度だって、僕に目を合わせて話してくれたことなんてなかったのに。今、こんな状況の時に限って、この人は僕の目を見る。……僕も同じだ。こんな時に、こんな時でしか、お父様と目を合わせられない、僕もこの人と同じだ。こんな人と、同じなんだ。
悔しくて、どうしようもなくて、でも投げ出すことは出来なくて、僕は数歩、後ろに下がると、そのまま頭を下げた。
「お願い、します。どうか、祐介さんの面会を許してください。お願いします、お父様」
僕は知っている。この人は、僕が頭を下げることに優越感を感じることを。僕がひれ伏して、無様な姿を晒すことを、この人は1番の悦としているのだ。だから、面会権を奪った。彩葉と祐介さんが会えなくなることなんて、どうでもいいのだ。それを知って僕が彩葉の為に頭を下げに来ることが、したかった。そんなやつなんだ、この人は。そんな、最低なヤツなんだよ、この人は。
「ふっ、惚れた弱みか、侑李。プライドの高いお前が頭を下げるなんて。笑わせる」
上から降かかる声に、僕は唇を噛んだ。
「惚れた、弱み、です。でも、どうしても彩葉を助けたいんです。お願いします、お父様」
そこまで言って、ようやくお父様は笑った。
「私はそこまでして欲しいわけじゃないのさ、侑李。ただ、お前が忘れていないか心配でね」
「僕が、何を忘れるって言うんですか……?」
顔を上げると、お父様は一枚の紙を持って僕にて渡そうとしていた。
「侑李、卒業後はちゃんとこちらに帰ってくるんだろうね?」
僕は紙をぱっ、と受け取って、言い放った。
「……ええ、必ず」
僕はそう言うと、そのままお父様に背を向けた。
「侑李」
お父様が僕の名を呼ぶ。僕はゆっくりと、振り返った。
「……はい、なんでしょうか」
「彩葉に、よろしく」
僕は鼻で笑って、その場を後にした。
「お母様にも、どうぞよろしく」
そう言い残して。
結局のところ、僕らは、僕とお父様は桜宮家を引き裂いた原因だ。お父様とお母様が不倫したから、彩葉は家族をなくした。僕がいたから、祐介さんの居場所が無くなった。僕たちが彩葉の宝物を壊したのだ。
僕は彩葉に助けて貰ったのに、僕は彩葉を助けられない。5歳の彩葉に僕は救われたのに、17歳の僕は彩葉を救えない。情けないの、一言では済まされない。僕は彩葉を助けるどころか、壊してばかりで、彩葉の宝物を守ることすら出来なくて。今、僕にできることは、彩葉の新しい家族になることだけ。それだけしか、出来ない。たった、それも、出来ない。今の僕には。
僕はこの期に及んで、未だに彩葉の手を探して、泥の中をさまよっている。
12時位に家に着いた。玄関の扉を開けると、飛び出んばかりの勢いで、彩葉が駆け寄ってきた。
「…ただいま、彩葉」
「戸神さん、どこに、行ってたんですか……?」
「うん、ちょっと、ヤブ用。……はいこれ」
僕はそう言って、彩葉に紙を手渡した。彩葉は直ぐに受けとって、紙を開いた。僕は靴紐を解いて、玄関から家に上がった。
「戸神さん……これ………っ!」
「面会権はどうにかしてきた。祐介さんに自由に会っていいって」
僕はそう言うと、スタスタとリビングに上がった。彩葉は僕の背を追いかける。
「戸神さんっ!これ、一体どうやって……?」
そういった彩葉に、僕は振り返って答えた。
「ひ・み・つ」
彩葉を守る為ならば、僕は何でもする。例え、未来で離れ離れになったとしても。
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