番外編 ねえねえさまのこと
幼い頃、遊んできなさいとお母様に言われて、ねえねえさまと二人、公園に行った。その時、私はねえねえさまに尋ねことがあった。
『ねえ、ねえねえさま』
『なに』
『ねえねえさまは誰かを好きにならないんですか?』
そう言うと、ねえねえさまは少し考えた後に、
『いらない。俺は、そういうのはしない』
と、言った。その時の私はまだその意味がよく分からなくて、
『そうですか』
と、答えただけだった。やけに夕日が燃えていた日だった。
ふと、意識が浮上した。重い瞼を開けた先には、天井が映った。戸の間から、初秋の冷たい風が入り込んできていた。スマホを見ると、午後5時を回っていた。私はゆっくりと起き上がって、しわになった巫女服をはたいて、部屋から出た。
双子はお互いの考えが分かるという。元々は一つだったものが、二つに分かれたから。私はそれを本当に信じている。例えば中学生の時、ねえねえさまは私の好きな人を知っていた。私は誰にも言っていなかったのにだ。私は不思議になって、尋ねたことがあった。
『ねえねえさまはどうして私の好きな人が分かるのですか』
そう尋ねると、ねえねえさまは面倒くさそうに私に言った。
『……双子の勘ってやつだよ。俺には、お前の考えていることなんか手に取るようにわかるのさ』
そう言ってねえねえさまは私を真っ直ぐに見た。
『お前だってそうだ。きっと、俺の考えていることなんかお前には筒抜けなんだよ』
そう言ったねえねえさまの言葉の意味が、私にはわからなかった。
『私には、ねえねえさまの考えていることなんてわかりません』
そう言うとねえねえさまはどこか遠くを見ながら私に言った。
『わかるよ。いつか、お前にもわかる日が来る』
その言葉が分かる日が、今、来た。
「あ、ねえねえさま。私です。緋月です」
電話越しにそう言うと、ねえねえさまは「ああ」とそっけない返事をした。
「あら、そっけない返事。久しぶりに話しますのに傷つきますわ」
そんなことをおどけて言うと、珍しくねえねえさまが「悪い」なんて謝るものだから、これは相当参っているな、と私は苦笑いした。
「ねえ、ねえねえさま。私、ようやくねえねえさまの言っていること、わかりましたわ」
そんなことを言うと、ねえねえさまは
「なんだよ、唐突に」
と、悪態をついた。私は苦笑いのまま、話を続けた。
「いつか、ねえねえさまが私の好きな人を言い当てたことがあったでしょう。あの時、ねえねえさまが言ったことがようやくわかりましたのよ」
ねえねえさまは「なんだよ、用件はなんだ」と急かすように言った。
「ねえねえさま、誰かに告白したでしょう」
しばらく、電話口の向こうは静かだった。そうして数秒の沈黙が流れた後に、
「そうだな、お前にいつか、そんなことを言ったな」
と、ねえねえさまは言った。私は「ええ」と返事をして、遠い記憶の燃える夕日を思い出していた。
「ねえねえさま、私はいいと思うのですよ。誰かを好きになることはとても素敵なことなんですから。でもね、私は心配なのです。人の、好きになり方を知っていますか?どんなふうに愛せばいいのかを、知っていますか。私は……」
「俺は、自分が出来るやり方で好きになってみる。それだけだ」
「ねえねえさまっ、」
「それじゃ、相手を傷つけてしまうかな」
「そんなのって……」
何を言っていいかわからなくなって口ごもると、ねえねえさまはふっと笑った。
「ごめんな、緋月。俺は人の愛し方なんて、知らないよ。好きになり方も。それでも今は、頑張ってみるしかないんだ。だから、」
そう心配しないでくれ
「……」
「それじゃあ、もうすぐ夕飯だから」
ねえねえさまはそう言うと、そのまま電話は切れた。私はあんなねえねえさまを初めて聞いて、なおさら心配になった。
「ねえねえさま……」
あんなに追い詰められたねえねえさまは初めてで、どうしたらいいかさえも分からなかった。
双子はお互いの考えが分かるという。元々は一つだったものが、二つに分かれたから。私はそれを本当に信じている。例えば、私はねえねえさまが人を好きになったのが、わかったから。こんなに離れていても、虫の知らせのように、あるいは花の花弁が落ちるように、その感情は、繋がりを持つ私に伝えてきた。私は、ねえねえさまが誰かを好きにならない理由を、本当は知っている。でも今は、言わない。いつか、ねえねえさまが人を好きになってよかったと思える日が来るまでは。私からは言わない。人の愛し方さえ知らないねえねえさま。どうか、その恋が実りますように。
そんな願いを込めて、私は星の光る空を見上げる。
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