9-8 見つけたよ、ここで

 ようやく、僕は彩葉が家からいなくなったのだと気が付いた。


 背筋が凍っていくのを、体全体で感じていた。でも、頭だけはぐるんぐるん、と回っていた。


(この家にいないなら、どこにいる?)


 友達の家?いや、白草女学院は全寮制だ。彩葉がそこに行くなんて、ありえない。なら、僕の家?でもあの距離だ。今から向かうなんて。でも、タクシーを使えば。僕はすぐにスマホで実家に電話をかけた。


「はい、戸神です」


「すみません、侑李です」


「ああ、お嬢様!お電話をかけてくるなんて、何かありましたか?」


「ごめん、彩……今日僕が連れてきたお客様、そっちに来てないかな」


「お客様……ですか?いえ、今日の来訪者はお嬢様達だけでしたよ」


「わかった、ありがとう。もしそっちに来てたらすぐに連絡ください」


「わかりました、あ、お嬢様……」


「ごめん、」


 申し訳ないと思いつつすぐに電話を切り、僕は駆け足で玄関に向かった。


(そこにいないなら、外か……?)


 玄関で靴を履いている途中で、気が付いた。


(彩葉の、ローファーがない)


 いつも丁寧に添えられている彩葉のローファーが、そこにはなかった。と、言うことは彩葉が外に出たことは決定的になった。もう一度、彩葉のスマホに電話をかけながら外に出ると、涼雨がさらさらと降っていた。秋が近いせいか、周囲の気温を下げている気がした。僕は肌をさすりながら家を飛び出した。彩葉が行きそうなところ。でも、僕には土地勘がないから、ここの町のことはまだよくわかっていない。電話は不在着信で切れてしまった。僕はもう一度コールボタンを押して、右の道を走り出した。


 土地勘がない、ここの道もよく知らない僕に出来ることは、ただ走り回って、とにかく走り回って、彩葉を探すことだけだった。もし、1時間探して見つからなかったら、その時は警察だ。そう決めて、僕は彩葉とよく行くスーパーに入った。


 もしかしたら、何か買い物に出かけただけかもしれない。少し、外に出ただけかも。そう思うが、電話に出ないのはどう考えても不自然だ。それに、もしそうならきっと彩葉は僕に声をかけて出ていくはずだ。だから、それはあり得ない。スーパーの隅の隅まで探したが、彩葉はどこにもいなかった。僕はレジの店員さんに、高校生ぐらいの女の子見ませんでしたか、と尋ねたが、店員さんは首を振るだけだった。


 次に行ったのは、家の近くのコンビニだった。9月と言ってもまだ店内にはクーラーが付いていて、僕の濡れた肌を冷やしていた。でも、僕はそれよりも彩葉だった。今頃、彩葉がもし変な男に声をかけられていたら?もし、彩葉が気まぐれを起こして着いて行ってしまったら?そう考えるだけで、怖気づいてしまう。


(あの時、気が付けばよかった)


 彩葉が部屋で休むと言った時、引き留めるべきだった。ちゃんと話を聞いてあげるべきだった。いや、例えは話を聞かなくても、傍にいるべきだったんだ。抱きしめて、僕から離れないようにしておくべきだったんだ。


(彩葉、一人にしてごめん。ごめん、彩葉)


 そう心の中で謝って、僕はコンビニを出た。


 さて、行く当てがない。なら、もう走り回るしかなかった。ここ周辺にいるかもしれないし、まずはここを探すべく、僕はまた走り出した。


 


 とはいっても、ここは住宅街だ。何があるって家しかないはずだ。だけれど、どこかで彩葉が立ち尽くしているかもしれない。そう思ったら、僕は走らずにはいられなかった。十字路を回って、道路を走って、街路灯の下を雨に濡れながら走り続ける。でも、彩葉みたいな背丈も姿もどこにもなくて、見当たらない。まるで暗い夜更けに、僕が取り残されたような気分だった。まるでこの夜から、彩葉見つけ出すまでは出られないみたいに。僕は夜の帳に、閉じ込められたような気分だった。電話はもう9回もかけていて、不在着信の音が耳に絡みついて離れない。それでも、僕は走り出した。この夜から、彩葉を連れ出す為に。



 しばらく走ると、小さな公園が目に入った。一つの街燈があるだけの、小さな公園。通り過ぎようと思ったけれど、もしかしたら、と一応のつもりで、その公園に足を向けた。


 その公園にはブランコがあった。黄色のブランコ。雨にひたすらに打たれている。


「……あ」


 小さな影が揺れた。そこに、彩葉がいた。


 僕はも一度、スマホに電話をかけた。すると3回のコールですぐに出た。遠くの影が、スマホを耳に当てたのが分かった。


「……」


「彩葉、僕。来たよ」


 そう言うと、彩葉がこちらを見た。


「……ぁ」


「そっち、行ってもいい?」


 数秒の沈黙の後、


「はい」


 と、彩葉の返事が聞こえた。僕はスマホを耳から離さずに、そのまま彩葉がいるブランコの方へ向かった。いっぽ、またいっぽと歩いてく度に、彩葉の顔がよく見えるようになっていく。彩葉は僕の顔を見て、ただ目を見開いていた。そうして静かな雨の中、僕は彩葉の前に立った。


「彩葉、見つけた」

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