8-9 結果発表
教室の空気は一気に緩み、皆の顔にも笑顔が出てきていた。たかが三日間とはいえ、その三日の為に何日も勉強してきたことはみんな同じだったようだ。私もようやく肩の荷が下りたような気がして、はぁ、と息を吐いた。
「いろりん、お疲れ様!」
後ろから背中を叩かれて振り返ると、そこには光が晴れ晴れとした顔をして立っていた。
「光」
「いや、やっぱり夏休み明けのテストは堪えますなぁ……」
光は、うーん、と背伸びをして、ぽつりと呟いた。私は苦笑いして光の肩を叩いた。
「光も、お疲れ様」
そう言うと、光は嬉しそうに「うんっ!ありがとう」と返事をした。光は窓の外に目を向けて、目を輝かせて言った。
「さて、テストが終わったら今度は体育祭だね~!」
私は嬉しそうにそう言う光を見て頬が緩んだ。やっぱり光は運動が大好きなんだなあ、と私は光らしくていいなぁなんて思った。
「そうだね、体育祭。今年も活躍してよ、団長!」
そう言ってからかうように肩を叩くと、光は恥ずかしそうに笑って見せた。
去年、光は高い倍率の中から紅組応援団長の座を勝ち取り、立派に応援団長の使命を果たしていたのだ。競技でも申し分ない記録を出し、光がいるクラスは無敵だ、だなん言われたぐらいだったのだ。それぐらい、光は運動に長けているのだ。逆に運動音痴な私は、今から始まる体育祭の練習でもう憂鬱だった。光がいるクラスが無敵なら、私のいるクラスは敗北確定だ。なので、私と光がいて、初めて上手いことバランスと言うものが取れているのかもしれない、と私は思っている。
(まぁ、今はテストが終わったことを喜ぶか……)
私もうーんと背伸びをして、教室から晴天の青空を見上げた。
その時、ふと戸神さんが頭に思い浮かんだ。そう言えばお手伝いさんは、今日から来ないのだった。おにぎり縛りの生活も今日で終わりかぁ、と少し感慨深い気持ちになる。
(今日は晩御飯、作らなきゃ。何にしよう)
献立をうーんと考えたところで、そう言えば戸神さんがご飯を食べている姿をもう長く見ていないな、と思った。背筋が伸びてて、お箸の持ち方も綺麗で、音なんか一つもしないみたいで、そうして
(私が作ったご飯を、誰よりも美味しそうに食べるよなぁ)
あの姿が、少し恋しかった。視線を彷徨わせて戸神さんの姿を探すと、もう女の子達に囲まれていた。どんな話をしているかはわからないが、きっとたわいもない、気に掛けることのない話なんだろう。笑顔を張り付けている戸神さんの顔に、私は胸が少し軋んだような気がした。
(私しか、知らない顔)
なんて……。
それから一週間後、テストの順位が廊下に張り出された。いつもなら真っ先に見に行くところだが、私はなんだか勇気が出なくて、自分の席に座り込んでいた。そこに、順位を見て帰ってきた光が来た。
「いろりん、見に行かないの?」
光は不思議そうに私を見ていた。私は光の視線を避けるように、顔を俯けた。
「……なんか、見に行く気が起きない」
光は自分の席に座って、私の顔を覗き込んだ。
「珍しいね。いろりんが意気消沈しちゃうなんて」
「……うーん」
私はまた光の視線から逃げるようにして、そっぽを向いた。光はその行動を別段気に留めることもなく、机に上体を伏せた。
「もしかして、とがみんのこと?」
光の言葉に、胸がどきり、と鳴る。
「とがみんは……、って、これを言うとネタバレになっちゃう。……まぁ、見に行きなよ。いろりんが思うような悪いことにはなってないからさ」
光の何気ない優しさが、胸に染みる。私は「……うん。ありがとう」とだけ言って、椅子から立ち上がった。
「お、見に行くの?」
光が目だけをこちらに向けて、私に尋ねる。
「うん、少し見てくるだけ」
「一緒に行こうか?」
「いいよ、大丈夫」
じゃあ、と私は光に手を振って後ろから廊下に出た。張り出されている掲示板の前には、もう人はそんなにいなくて、私は少し胸を撫でおろした。ずいぶん前の話だが、一度、順位を確認していたら「こんなところに来て確認しなくても、一位なのはご存じでしょう?嫌味な人っていやね」と言われたことがあった。それが怖くて、やっぱり人がたくさんいる時には見に行けないのがお決まりになってしまっていた。私は廊下を歩き、掲示板の前に立った。そうして下から順に、順位表の紙を見ていく。20位を過ぎて、15位を過ぎても私の名前はなかった。そうして10位を見た時だった。
「あ、」
そこには、戸神侑李と言う名前が書かれていた。私は安堵にも近い息を落とした。どうやら戸神さんには追い越されなかったらしい。
(でも、すごいことだ)
ここに転入して最初のテストで10位。十分凄いことだ。流石、才色兼備。なんて思いながら、私は目線を上に上げていった。
9位、名前はない。8位、ない。7位、ない。6位、ない。5位、ない。4位、ない。3位、あ、神楽坂さんだ。流石生徒会長。成績もいいんだな。そうして2位、ない。
1位 桜宮 彩葉 872点
胸の中に、何かがすとんと落ちた。
「よ、良かったあああああ!」
今回も退学は免れた。
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