8-8 だって安心しちゃうんだ
学院から帰ってきて、少しゆっくりしてから私が一階に降りると、戸神さんがダイニングテーブルに張り付いて上体を横たわらせていた。「疲れているのかなぁ」と思いつつ、キッチンに回って冷蔵庫を開けると戸神さんがむくり、と起き上がった。私は落ち着いた声で戸神さんに声をかけた。
「戸神さん、お疲れですか?麦茶、飲みますか?」
そう尋ねると、戸神さんはすっと立ち上がってキッチンに来た。お互い何も言わない間が少し気まずくて、私は他のコップに手をかけた。
「あ、暖かい方がいいですか?なら、ココアでも……」
そうして後ろにいる戸神さんに声をかけた時だった。
背中に暖かい感覚が触れて、お腹に手が回されたと思ったら、私の肩に戸神さんの顔が乗せられていた。
「え、あ、!と、戸神さんっ!?」
私が素っ頓狂な声を上げても、戸神さんは変わらずに私の肩に顔をうずめていた。私はがっしりとホールドされてしまって、動こうにも動けず「あ」とか「え」とか情けない声を上げ続けていた。しばらくそうしていると、戸神さんはようやく顔を上げて、私の方に視線を投げた。
「……彩葉」
いつもより少し低い戸神さんの声に、私は少しドキリとしてしまった。
「ぁ、はい。なんで、しょう、か……?」
この体勢じゃ戸神さんの方を見るわけにもいかず、私は正面を向いて俯いて返事をした。戸神さんは、私のお腹に回していた手の力を強くした。そうして戸神さんは私の耳に口を寄せた。
「ぁ、!と、がみ、さ、!」
「彩葉はさ、」
戸神さんが中音の優しい声で、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「こんな風に僕に抱きしめられて、嫌じゃないの?」
「え、?」
何を言い出すのかと思えば、戸神さんは不安そうに私を見て、そんなことを尋ねてきた。その目はどこか私をうかがうようにも見えたし、私に縋るようでもあった。
「えっ、と、それは、どういう……?」
「だってさ」
戸神さんの顔がもう信じられないぐらいに私に近づく。
「っ、!」
「彩葉は僕のこと、好きじゃないでしょう?なのにこんな風に抱きしめても、彩葉は拒絶どころか抵抗もしないじゃない。……なんで?」
「……な、なんで、っ、て」
そんなこと、今言われて初めて気が付いた。思えば最近、戸神さんによく抱きしめられている。普通の姉妹でも少しおかしいし、普通の友達でも少しおかしいかもしれない。そう、例えば、毎日抱きしめ合う仲なんて言うのは……恋人ととかだ。でも、私は戸神さんの恋人でもないし、戸神さんは私の恋人でもない。でも、それでも単純に抱きしめられるのを許してしまうのは……。
「あ、えっと、わからないけれど、……その、戸神さんの腕の中は、安心します。とても!だから、抱きしめられても嫌じゃないといううか……、とにかく、安心します。ずっと、いたくなるような……」
なんとか言葉を紡いで出した答えに、戸神さんはすぐには何も言わなかった。しばらく私を抱きしめたままでいて、私もどうしていいか分からなくて、じっとしていたらそのうちに戸神さんは、私からゆっくりと腕を引いた。暖かい感触が離れていって、少し背中が冷や冷やする。そんなことを思いながら、私が何気なく後ろを振り返って戸神さんを見た。見て、目を見開いてしまった。
その顔は茹でられたタコぐらい赤く、ほてっていた。私は何が何だかわからず「え、」と声を上げてしまった。その声に反応したのか、戸神さんは急に手で顔を隠して私から目を逸らした。
「と、がみさん?」
「っ、……ずるい」
「え?」
「無意識で言っているんだったら、彩葉はずるい。……ごめん、出直す」
「あ、ちょ、戸神さん!」
戸神さんはそれだけ言うと、駆け足で二階に駆け上がっていった。私はそれを追いかけることも出来ず、ただ首を傾げることしか出来なかった。冷蔵庫から出したままの麦茶が、もうぬるくなっていた。
9月4日。テスト最終日。天気は相変わらずの暑すぎる晴天。短くて長いようなテスト期間も今日で終わりを告げようとしていた。私は少し冷えすぎた教室の中で、腕をさすりながらテストを受けていた。最後のテストは英語だった。夏休みの宿題からほとんど出ているので、そう苦労することはない。私は宿題でやったところをなぞるように、テストを解いていた。英語は一見難しそうに見えて、単語力が大事だったりする。いかに多くの語彙の意味を知っているか。それで英文が読めるかどうかも決まってくる。私は単語の意味を答える問題も、文章問題も解いて、長文問題に来ていた。私は英語なら長文問題が好きだったりするのだ。問題は少し難しい方がやっぱり楽しい。勉強の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます