8-5 こんなのでテストに勝てるのか!?

「あ、おはよう。彩葉」


「……おはようございます……。戸神さん」


「なんか、げっそりしてない?大丈夫?」


「あ、いやいや。大丈夫ですよ」


 朝7時。私が一階に降りると、戸神さんが朝食の準備をしていた。とはいっても、ご飯や家事自体はお手伝いさんがやってくれているので、戸神さんがやっているのは飲み物を準備したりと言った少しのことだった。


「朝ごはん出来てたからさ、とりあえず飲み物だけ用意したけど、いいかな?」


 そう言って戸神さんは私ににこやかに笑いかける。私は「うわ、眩しい」なんて心の中で呟きながらダイニングチェアに座った。


「いただきます」


「……いただきます」


 私はげっそりした気持ちで朝食のパンを口に入れた。


 昨日、衝動的に戸神さんに会いに行ってとんでもない返り討ちにあってしまった。いや、返り討ちと言うには少し違うのだろうけれど、それでもとんでもなく乱されてしまったのは間違いがなかった。

 私は昨日戸神さんに会った後、部屋に飛び込んでそのままへたり込んでしまった。それから何とかペンを持って勉強しようとしたが、日本史の用語は右から左へと流れていく。頭がそれを理解しようとしないのだ。頭を支配しているのはやはり、戸神さんのことだった。抱きしめられた感触や、久しぶりに見たサラサラの緑の髪、同じ柔軟剤の匂いも、戸神さんの低くて甘い声も。その全てが私の体を包んでいた。その感触が体どころか、頭さえからも離れないのだ。私は奇声を上げたい気持ちを抑えて、昨日は勉強も放り投げて寝てしまったのだった。


(うう、正面から顔を見れない……)


 私は俯いたままパンを咀嚼した。こんなんじゃあさらに心配されるのも時間の問題だ。私はそう思いながらも拭えない昨日の感触に悩まされていた。


「彩葉、どうかした?」


 私の体はその声にびくっ、と反応した。


「ぁ、いえ、なんでも……!」


 私は俯いたまま声だけ明るく返事をしてみた。が、戸神さんは勘がいいので私の異変にすぐ気が付いた。


「本当?今日テストだし早く帰れるから。頑張れそう?」


 優しい声がまた私の耳を掠める。私はうずうずとする体を抑えながら、顔を背けた。


「だい、じょうぶ、です、本当に。テストに影響することは絶対ないですから」


 自分でも可愛くない返事だな、と思う。せっかく心配してくれているのに、もっとこう、愛想のある返事は出来ないものかと自分で自分に思ってしまう。それだから私はこう、人に好かれにくいのだ、なんて自己嫌悪さえ始まってしまっていた。


「……そう、無理しないでね」


 戸神さんは私の言葉に納得したのか、それ以上は追及してこなかった。私はそれに安心しつつ、最後のパンの一口を食べた。






 教室はテストだと言わんばかりに、朝からみんな静かにテスト勉強に励んでいた。私は小さく「おはようございます」と挨拶して自分の席に着いた。教室は思った以上に静まり返っていて、クーラーの稼働音がやけに大きく響いていた。目の前を見るとあの元気活発な光でさえも静かに勉強に励んでいたので、少し笑ってしまった。光は勉強が苦手だけれど、それなりに努力するところが偉い。私は光のそんなところも好きなんだよなぁ、と思いながら今日の科目のまとめノートを出した。


(昨日頭に入れ垂れなかった分だけ、今ここで頭に入れとこ)


 教室だったら雰囲気も相まって、なんだか集中できそうだった。私はよし、と意気込んで早速まとめノートに目を通した。


(ここはもう復習してるから、記述問題だけ抑えて……)


 まとめノートだけではテストは乗り切れない。私は授業のノートも合わせて見て、必要事項を再確認した。


(ここはこう答えれば大丈夫)


 昨日早く寝たとはいえ、今までちゃんと勉強しているのでそこまで心配することはない。それに暗記は得意な方だ。私は日本史のまとめノートを閉じると、数学のノートを取り出した。数学は得意だけれど、油断は禁物。もう一度解き方を見て、公式をちゃんと覚えて、と私は忙しく色々やっていたら、先生が教室に入ってきた。


「はい、皆さん。ホームルーム始めますよ」


 先生の声で皆の顔が上がる。私もその一人で、ノートから顔を上げて先生を見た。


「はい、みなさん。今日はテスト一日目ですね。休み明けのテストは皆さん点数落としやすいのでしっかり受けて、点数を取るように。それから……」


 先生はそのあと何個か連絡事を話して、すぐにホームルームを終わった。きっと勉強時間を少しでも増やそうとしてくれているのだろう。


「では一時間目は数学です。頑張ってくださいね」


 と、先生は言い残して教室を去っていった。やっと教室がざわざわし始めて、皆話しながらノートや教科書を見たりしていた。私は一人で最後の確認をしてから、ノートをぱたんと閉じた。もう見直すところはない、あとは全部頭に入っている。自分を信じるだけだ。そうして少し早く席に着いた時だった。


「流石、桜宮さんは余裕ね」


「苦労しなくていいんでしょうね、羨ましいですね」


 そんな声が、私の耳に届いた。私は思わず、ぎり、と歯を嚙み合わせた。


(努力ししてることぐらい……)


 思わず体に力が入る。いけない、これではテストで本気が出せない。そう思って、深呼吸をしようと目を閉じた時だった。

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