8-4 テスト前日にこんな浮かれてていいんですか?
夜8時。テスト用に作っておいたまとめノートをくまなく読み返す。明日の科目は日本史、数学、保体。数学は得意だし、保体はほぼ暗記したのであとは日本史の用語を覚え直すだけだった。ノートと読み比べながらいつの時代に何があったのかをもう一度頭に入れる。暗記は反復練習だ。何回も覚え直して、何回も頭に入れて暗記するしかない。ちゃんとなせそんなことが起こったのかの理由も読んでおく。筆記問題の対策も抜かりなしに。…………と、真面目に勉強しているはずだった。
戸神さんに会いたい、なんて思いが私の胸から湧いて、まさか勉強の
(彩葉、集中)
そう思うのにノートに書かれたテスト対策の言葉は右から左へと抜けていく。
(どうしよう、こんなに集中できないのは初めてだ)
勉強は好きだ。知識を頭に入れるのも、勉強は戦略だからと計画を立てるのも、全
部楽しいのに。なのに、それをほっぽってこんなにも誰かを思うなんて。
(それなのに、恋じゃ、ないなんて……)
私は我慢ならず勉強机に顔をうずめた。
(もう、テスト一日前だって言うのに)
私はこんな節操のない人間じゃなかったはずだ。恋愛にうつつを抜かすような、そんな人間じゃなかったのに。ここまで来ると、私をそう変えてしまった戸神さんに怒りさえ覚えた。私は机から体を起こし、椅子から立ち上がった。そうして勢いよく部屋の扉を開けて、隣の部屋の扉の前に立った。
息が、上がる。そういえば、戸神さんの部屋を訪ねるって初めてだ。
勢いで行動するのも、初めてだ。
気が付けば、無意識に戸神さんの部屋の扉を叩いていた。
「あ」
なんて情けない声が漏れる内に、部屋の中から「はい」と凛とした声が響いた。思わず後ろに後ずさってしまう。
(何やってるんだ、私)
尋ねたはいいけれど、言うことがない。
顔が見たくなったから会いに来ちゃったなんて、そんな恥ずかしいこと言えない。そうしてそのまま後ずさり、後ろの壁に背が付いたところで、目の前の扉が開いた。
ばっちり、と、目が合う。
「……彩葉?どうしたの」
戸神さんは私にまん丸い目を向けていた。私がここに立っていたことに驚いているようだった。
「あ、えっ、と……」
言葉が出ない。冷や汗が額を流れ落ちる。どうしよう。ここまで来て、どうしようってなんだ。私、何してるんだ。
「え、ごめん。何か用があったんじゃないの?」
戸神さんは苦笑いして私の方を見ていた。私はその言葉に、少しだけ胸が抉られた。気が付けば私は一歩、また一歩と戸神さんに近づいていた。そうしてあと一歩で0距離、という近さで私は俯いてこぶしを握り締めた。
「用がなきゃ、来ちゃいけません、でしたか」
さっきから頭と行動がちぐはぐだ。自分が何がしたいのか全く分からない。俯いたまま、私は目を閉じた。用がないのに来たなんて、そんな友達でもないのに。私は何をなれなれしく戸神さんに話しているんだ。と、自己嫌悪に落ちた時だった。
「ぅわ、あ!」
戸神さんの匂いが近くなって、背中に触れた手の感触から抱きしめられているんだと理解するまで、数秒を要した。耳元に口を寄せられる。
「もしかして会いに来てくれたりする?」
「え、あっ、!」
すぐ近くにある戸神さんの目が鋭くなっていた。
「寂しかった?ごめん、それだったらすごい嬉しいんだけど」
交わった目の視線が熱く感じる。緊張して熱い体から、何とか声を出そうとする。
「ぁ、寂し、かった、とかじゃ……」
「会いに来てくれたのに?」
背中に回されていた手が、そのまま頭に来て、優しく撫でられる。
「顔が赤く見えるのも、僕の勘違い、かな」
「あ、と、がみ、さん」
「うん、何?」
頭が沸騰して、なんだか熱さでよくわからなくなりそうだった。
「会いたく、なっちゃって……。急に」
そう呟いた瞬間に、戸神さんが私から離れて私の顔を覗き込んだ。
「会いたくなっちゃったんだ、ふふ、嬉しいな」
「ぁ、はい……」
「嬉しいな、本当に嬉しい。じゃあ、素直に教えてくれたご褒美」
「え、ぁ、ちょっ、と!」
戸神さんは私の髪の毛を手に取ると、そっとそこに口づけた。そうして私の唇に指で優しく触れた。
「ココ、は、まだお預けね。彩葉が僕の気持ちに応えてくれたら」
そう言うと戸神さんは私からすっと離れた。
「どう?まだ足りないならもう少しくっついてても……」
「もっ、もう大丈夫です!!お邪魔しましたぁ!」
私は戸神さんの腕から解放されたことをいいことに、そのまま自分の部屋に走って逃げた。扉をばたん、と閉じてすぐそこにへたり込む。
(私、戸神さんと何しちゃってるのぉ……!!!!!)
頭を抱えて小さく「うわー」と声に出してみる。
今回のテスト、もうダメかもな。なんて弱音が頭を駆け巡った。
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