8-2 お嬢様は勉強法でも差をつけてくる

 先述したとおり、白草女学院は超お嬢様学院である。才色兼備。そんな人材を生み出すべく、学院はもちろん各家庭でもその環境は徹底されている。例えば、その例の一つとして挙げられるのが『家庭教師制度』である。

 白草女学院は基本全寮制だが、希望制でランクが分けられた個別の家庭教師をつけることが出来る。最低ランクでも地元の大学の医学部を出ている人から、最高ランクは海外の有名大学出身者まで。その幅は広い。お嬢様達の成績を上げるべく、親たちはこぞってそこにお金をかける。毎日多くの人がこの学院を行き来しているのは、今に始まった話ではないのである。


 その制度を余すことなく受けたお嬢様達に対抗する方法は、一つ。


 勉強量だ。


 と、言う訳でテスト2週間前から私の立てこもりは始まる。







~2週間前~


 夏休みも終盤になった8月下旬。例のテストによる立てこもり決行の為、私はあるところに電話をかけた。


「あ、もしもし。はい。お世話になっています。……はい、またお願いしてもいいですか?はい、よろしくお願いします」


 受話器を置いて電話を切ると、下に降りてきた戸神さんがそこに立っていた。


「彩葉、誰かと電話?珍しいね」


「あ、ちょうどよかった。実は戸神さんにお話ししないといけないことが……」


 ちょうどそこにいた戸神さんにそう言って私は話を切り出した。


「話?何か大事な用かな?」


 少し構えた戸神さんに私は「いやいや」と手を左右に振った。


「大したことではないのです。実はテスト期間は家事をやっている暇がないので、家事代行サービスさんを頼んでいるんです。なので明日から家事はしなくて大丈夫ですよ。その代わり、家事代行サービスさんが家の中にいますが、そんなにお気になさらず」


 私がそう言うと、戸神さんは目を丸くした。


「そこまでして勉強するなんて、本当に力入れているんだね」


 そう言う戸神さんに私は薄ら笑いを浮かべた。


「……ええ、まぁ。あ、ほら、私の取り柄?って勉強しかないから、やっぱりここは頑張りたいなぁ、と思って!」


 成績を落としたら即退学なんですよ、なんて言えるわけもない。それにやっぱり私は普通に通っているものだと思われたい。まさかそんな条件付きで通っている、可哀そうな子だなんて思われたくない。特に戸神さんには。戸神さんだけには、知られたくない。私はそう思い、焦る感情を必死に隠した。戸神さんは不審がることもなく、こくりと頷いて「わかった」とだけ言った。


「あ、あの、あと、戸神さん!」


 リビングに帰ろうとした戸神さんの服の裾を、私は反射的に引っ張ったていた。ところが戸神さんは驚いた様子もなく、私の方を振り向いて、優しく


「どうしたの?」


 と、問いかけてくれた。私はその顔を真っ直ぐに見れなくて、目線を下に向けた。


「あ、あの、私、勉強中は、引きこもりたいタイプで、なので、そのしばらく顔を合わせないと思いますが……、一緒にご飯とかも食べれませんけど、その、ごめんなさい」


 裾を握る手が弱くなる。力なく離そうとしたその手を、戸神さんがとっさに掴んだ。黒い手袋をした手が、私の指を絡めとる。


「いいよ、大丈夫。僕のことは心配しないで」


 そう囁かれた声は、どこまでも優しかった。その声に恐る恐る顔を上げると、そこには困ったように笑った戸神さんがいた。


「彩葉と会えなくなるのは寂しいけど、彩葉が頑張る邪魔はしたくないから。だから会えない分、僕も頑張るよ」


 そう言った戸神さんの瞳がかすかに揺れたような気がして、私はこの手の温度が急に恋しくなった。でも、そんな気持ちなんか伝わるわけもなく、戸神さんの手は無常にも私から離れていく。その手を追いかけようとして、やめた。リビングに向かう戸神さんの背中に


「私も、寂しいです」


 なんて、甘えたことを言ってしまったのは、私だけの秘密だ。


 そんなことがあったのが2週間前の話である。


~2週間後~ 9月1日


 始業式が無事に終わり、学院から帰ってきた。今日は始業式だったので早帰りだったのだ。まだ日は高い。しかし、私は戸神さんと顔も合わせず、自室で教科書を開いていた。先述したとおり、『家庭教師制度』を余すことなく受けたお嬢様達に勉強で対抗する方法は一つである。勉強量である。その為には時に人間としての生活を捨てなければならない時がある。こういう時は、お母さんがいなくてよかったと思う。昔、まだ中学生だった頃はこんなことをしているとお父さんに怒られたものだった。


『彩葉、勉強の前にもっと大事なことがあるだろう』


 そう言って夜食を持ってきたお父さんを。


『体を大事にしなさい。彩葉はまだ若いのだから』


 あの顔を、私はもう……。


「……っ!っ、ぁ」


 私は息を吸って正面を見上げた。久しぶりに、いや、本当はテスト期間になると毎回思い出してしまうのだ。今はいない、お父さんのことを。


(もういないのにね、でも……)


 忘れられないのだ。いや、忘れるなんてできない。私の大切な思い出。私の暖かな記憶。私の宝物だから。


「やめやめ、勉強しなきゃ」


 私は邪念を振り払って、机に向き合った。

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