プロローグ2 新生徒会長になりました。神楽坂名野です!

 私は荒くなる息を何度も吐いたり吸ったりを繰り返して、自分を落ち着かせた。今日は始業式。そうして新生徒会の発表の日だ。私が待ち望んだこの日が、ようやく訪れた。幼い時から願ってきたこの『目標』をようやく達成できる日が来た。いや、ここはゴールじゃないんだ。今からが、スタートなんだ。私はそう心に決めて、また息を吐いた。その時だった。後ろから優しく肩を叩かれた。


「……っ、!ぁ、優子ちゃん!」


 私がそう声をかけると、優子ちゃんはいつもの笑顔で笑ってくれた。


「名野、遂に今日が、この日が来たね」


 私はこくりと頷いた。


「……うん、まだ現実味がないけれど……。でも、これからがスタートだから。今日は最初のお披露目だから、ちゃんとしないとね」


 そう言うと、優子ちゃんは後ろから私をぎゅうと抱きしめた。そうして耳元で囁く。


「名野なら大丈夫。私は信じてるし、ちゃんと名野が頑張ってるの見てきたから」


 私は前に回された優子ちゃんの手を握って、目を閉じた。


「うん、ありがとう」


 そうしてしばらく、私は優子ちゃんの熱を感じていた。



「会長、副会長、そろそろです」


 後輩からのその声で、優子ちゃんはゆっくりと私から離れた。私は椅子から立ち上がって後輩に「今行きます」と返事を返した。


「じゃあ、行ってきます」


 そう言うと優子ちゃんが力強く私の背中を押した。


「うん、行ってらっしゃい。生徒会長!」


 優子ちゃんの励ましの声が、どこまでも胸を温かくして緊張を解いた。




「これで校長先生からのお話を終わります。これで始業式を終わります。次に生徒会選挙の結果発表、新メンバーからの挨拶を行います。では新生徒会メンバーの皆さんは舞台の前に並んでください」


 始業式が終わり、ついに生徒会の発表が行われる。先頭は私だ。私はしっかりと背筋を伸ばして、舞台の前に歩いて行った。そうしてみんなが並び終えると「では右側の方から一言お願いします」とアナウンスが流れた。マイクを持った一年生の女の子が、こくりと頷いて前を向いた。


「皆様、ごきげんよう。この度生徒会一般会員になりました。一年A組の松野春香です。これから一年間頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」


 そう言って一年生の女の子は頭を下げた。ぱちぱちとみんなから拍手が上がる。図ずっと生徒会に入りたがっていた子だ。きっと喜んでいることだろう。次に一年生が挨拶し、会計、書記、とどんどん私の番が近づいてくる。そうして次に優子ちゃんの番になった。


「皆様、ごきげんよう。この度生徒会副会長になりました。二年A組の三池田優子みいけだ ゆうこです。皆様の力になれるよう、生徒会長の補佐に努めてまいりますのでどうぞよろしくお願いいたします」


 そうして頭を下げた優子ちゃんの挨拶や姿は、とても綺麗だった。


(私も、優子ちゃんみたいに……!)


 そう思いながら私は優子ちゃんからマイクを受け取った。そうするとみんなが少しざわついたような気がした。


(あ、駄目、かも……)


 さっきから見ないふりをしていた多くの人を前にして、一気に緊張感が胸からせりあがってきた。呼吸が上手くできなくなる。大丈夫、大丈夫、と心の中で念じるが言葉が出なくて、うろうろと目を彷徨わせてしまう。


(どうしよう、声が、出ない……)


 さっきから喋らない私にみんながざわつく。こんなのでは駄目だと思うのに、体が言うことを聞かない。呼吸すら上手くできなくて、マイクを持つ手が震える。その時だった。後ろから優しく背中を撫でられた。こっそり隣を見ると優子ちゃんが笑っていて、口パクで「頑張れ」と言ってくれた。優子ちゃんの手が離れていく。私は真っ直ぐ正面を向いてはぁ、と息を吐いてから大きく顔を上げた。


「み、皆様、おはようございます!えっ、と、この度、生徒会長に、なりました!2年A組の、神楽坂名野かぐらざか なのと申します。あの、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いいたします」


 そう言って私は大きく頭を下げた。みんなはぱちぱちと拍手をしてくれた。が、私の頭の中は真っ白だった。


(どうしよう、こんなおどおどしてたら駄目なのに。あんなに練習したのに……)


 でも、後悔するのはまだ早い。私は次に新生徒会長挨拶があるのだ。そこで挽回しなければいけない。


 「では、新生徒会長から挨拶です」と言うアナウンスが鳴る。私は大きく深呼吸して、壇上に上がった。壇上に上がる前、後ろから「出来るから」と言う優しい声がしたのを、私は聞き逃していなかった。優子ちゃんがちゃんと見てる。私は背中を撫でれくれた暖かい手を思い出し名から、壇上に上がった。マイクの前に立ち、一度、大きく息を吐いてから、正面を真っ直ぐに見る。もう、おどおどしない。そう心に決めて。


「皆様、改めましてごきげんよう。この度、新生徒会長になりました。神楽坂名野かぐらざか なのです。皆様の票があって、私は今ここに立っています。皆様の期待を裏切らないように、生徒会活動に正面から向き合っていこうと思っていますので、どうか皆さま、よろしくお願いいたします」


 そう言って私は深く頭を下げた。もう失敗しない。ここでちゃんと信用してもらえるように頑張るんだ。今、ここで私の気持ちをちゃんと伝えて、みんなに、生徒会長して認めて貰えるように。私は顔を上げて、そのまま話を続けた。


「この場で皆様に1つ、お約束をします。私が生徒会長になった暁には、この白草女学院は皆様がありのままでいられる場所にします。勿論規律を守り、常に白草女学院の生徒であるという自覚を持つことは大事ですが、それ以上に皆様が過ごしやすい学院づくりを目指していきますので、どうぞよろしくお願いたします」


 私はみんなの顔を見渡して、こくりと頷き


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


 と、もう一度告げてから頭を下げた。


 私の思いは伝えた。みんながどう受け取るかはわからないけれど、皆に少しでも巣信用してもらえるように頑張ろう、と私は覚悟を新たにしてもう一度、皆を見渡した。




 私が演台から舞台裏に戻り一呼吸置いていると、生徒会の新メンバー発表会は終わったようで、皆それぞれ教室に帰っていた。私はそれを舞台裏の小窓から眺めていた。


(少しは、生徒会長だって風格とか、威厳、出せたかな……)


 まぁ、そんなことを言っても私はまだなったばかりのひよっこだ。今からが大事。そう思いつつも力が抜けて椅子にへたり込んでいると、舞台裏の扉がガチャリ、と開いた。そこには優子ちゃんが笑って立っていた。


「優子、ちゃん」


「名野、お疲れ様。すごくよかったよ」


 そう言って優子ちゃんは優しく私の頭に手をのせた。


「ごめんね、また、助けられちゃった。でも、優子ちゃ、っ、!」


 優子ちゃんは私の口を人差し指で封じた。


「全部、名野が頑張ったからでしょ。流石、白草女学院生徒会長」


 そう言って笑う優子ちゃんの笑顔に、私の胸にはとげが刺さった。少しぐらぐらしてちくり、と痛む。


「……ありがとう、優子ちゃん」


 何も知らない優子ちゃん。どうか何も知らないままでいてね。そう願いを込めて。

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