7-13 だって君の気持ちが分からないんだ

「それでそれで?どうだったの!?とがみんとのラブラブデート!」


「やめてよ、別に付き合ってもないのに……それに全然……、はぁ」


 夕方の5時。私は肩を落として、ベットに寝転がっていた。お風呂に入ったおかげで体はすっきりしているが、反比例するように気持ちはどんよりと重かった。私は寝返りを打って、体を小さくした。


「なぁに、ため息なんかついて。楽しいデート作戦はどうしたの?!楽しくなかったの?」


 電話口から聞こえてくる光の声は、やけに高い。


「いやぁ、そう言う訳でもないんだけど……」


 煮えたぎらない答えばかりが口から出るのは、やはり今日のデートに何らかの思いがあるからだとわかっているのに、頭はうまく回らない。どうも、勉強以外では使えない頭なのだ。生きているうえで発生する本当に重要な場面の前では、学校の勉強などは意味など持たない。これだから、本当に生きるのは難しいと思ってしまう。全てがマニュアル通りであれば、それさえ暗記すれば、生きるのはもっとずっと簡単なのに。なんて、馬鹿みたいに哲学的なことを考えてしまう自分が嫌になる。


「やっぱり、私は戸神さんの隣にはいたくないよ。釣り合わないし、それに、やっぱり戸神さんは高見の人って感じだから、なんか……」


 傍にいればいるほど、自分の醜さが露わになっていくようで


「心地が悪いの」


 光は何も言わないで、ただ私の言葉を聞いていた。だから、私は甘えて沢山話してしまった。無意識に強く握っていたこぶしが、手の内に爪を立てて、痛いと思って、手を強く握っていたことに気が付いた。手を開くと、食い込んだ爪の跡が残っていた。


「なんで、こんな気持ちになるんだろうな」


 そう言った言葉がまた、胸にまがまがしく残るのを私は感じていた。


「……でもさ、いろりんが楽しくなきゃ、とがみんだって楽しくないよ。それに、とがみんはいい人だよ。きっといろりんのこと、見下したりなんかしてない」


 それが嫌なんだよ、と私は思う。


「わかってる、わかってるよ。戸神さんは、いい人だよ。今日のデートの最後だって、僕の夢を叶えてくれてありがとうって言ったんだから」


「僕の、夢?何、とがみん、あのパンケーキ屋さんに行くのが夢だったの?」


 と、光が不思議そうに言うものだから、私は自分の言葉を見直すことになった。


「えっと、なんでだっけ、多分、戸神さんは……」


 光に指摘されて、初めて私は今日の戸神さんの言葉を考えた。

戸神さんの言う、僕の夢って何だろうか。いや、それは今日叶えられたのだ。だから戸神さんは私にありがとうと言ったのだ。ならば、その夢とは何なのだろうか。私とデートすること?それともパンケーキを食べること?それか私が名前を呼んだこと?戸神さんが今日叶えられた夢って、一体何なんだろうか。


「あ、多分、甘いもの、好きらしいから、ずっと食べたかったんじゃない?」


 私も戸神さんの言葉の意味が分からなくて、変に光にごまかしたようなことを言った。それ以外に私に言えそうなことはなかったし。光には私と戸神さんが同居していることも、戸神さんが私を好きなことも、私と戸神さんが義姉妹なことも全部秘密なのだ。これは別に戸神さんとちゃんと話し合って決めたわけじゃないけれど、なんとなくの暗黙のルールみたいな感じで私達はそれを守秘している。だってばれたら面倒くさいし、ややこしいし、私は何をされるかわからないし。しかも一応義姉妹と言う立場上、戸神さんが私を好きなのはまずい。非常にまずい。そんな近親相姦もどきが黙認されるほど、白草学院も、世間も優しくはない。戸神さんが「近親相姦と言う性癖を持ったとち狂い」だとみんなに思われたら、それこそ私の方が自分を保てない。そんなことを避けるために、私と戸神さんの関係は絶対的な秘密なのだ。


 光は黙って聞いていたけれど、息をのんだような音が聞こえてきた。そうして光が言葉を発した。


「ねぇ、いろりん。戸神さん関連で、何かあった?」


 光の言葉を飲み込むまで、少し時間がかかった。それは、今日、何かあったということだろうか。それともずっと前から、何かあったということだろうか。いずれにしても、私が戸神さんに関して光に言えることは何もない。言えない、と言うのが正しいのだろうけれど。


「いやだな、何もないよ。私と戸神さんに何があるって言うの?」


 嘘をつくのは、得意じゃない。親しい人には特にだ。まだ学校の先生やクラスメイトにどうでもいいごまかしをするのはいい。けれど、お母さんや光に隠し事を知るのは、とても気を遣う。大変だと感じる。自分でも自分が変だなって感じるから。


「私と戸神さんはただの親戚だし、友達なだけ。大体デートなんてものがおかしいね。デートじゃなくてただのお出かけだし」


 自分で言ったくせに、ずぶり、とその言葉が胸に刺さるのが嫌だ。私をこんなにしたのは、戸神さんなのだ。ただの友達と言われて、ただの親戚だと言われて「違う」と否定したくなるこの気持ちは、全部戸神さんのせいだ。何が「彩葉は僕の人生を幸せにしてくれる」だ。私の日常をかき回したくせに、私の毎日を彩らせたくせに、私の唯一の居場所に光を持ってきて、そこで笑ったくせに。


(私の気持ちも知りもしないで、戸神さんはずるいんだ)


 そう、きっとずるいんだ。戸神さんはずるくて意地悪なんだ。こんなに近くにいる私が言うのだから、間違いない。こんな気持ちにさせないでほしい。こんなに心をかき乱さないで。そう願うのに、いつもどこかで、かき乱されたい私がいる。


「とてもただの友達には見えないと思うけどなぁ。ねえ、やっぱりさ、とがみんっていろりんのこと好きなんじゃない?」


 もう何回か聞いたその言葉に、私は苦笑いした。


「いや、そんなのじゃないよ。戸神さんは私を好きなんかじゃない」


 そんなことを決めるのは、きっと私でも光でもなく、戸神さん本人なのだろうけれど。戸神さんは10年前の恋に未だとらわれてしまった、可哀そうな人なのかもしれない。ならば、私が言うべきなのだろうか。優しさで、その恋は諦めろと言うのが、私の本当の役目なのかもしれない。


(でも、言えないよ。そんなことは、言えない。だって……)


 どれぐらいその恋に戸神さんが陶酔してるのか、私が一番わかっているから。






「ごめん。せっかく光が手伝ってくれたのに、あんまりうまくいかなかったや」


 そう言って笑う私の心は、本当に乏しい。私はそう、から笑いをしてベットから起き上がった。外はもうすぐ夜を迎えようとしていた。あの炎天下もせみの声も聞こえない。まるで夢だったかのように、一日が終わっていく。今日、戸神さんと出かけたことでさえも、まるで夢のように消えてしまいそうで。謝った私に光はすぐ言葉を返した。


「いいんだよ、いろりんもとがみんのことでいろいろ考えているんだね。あんまり無理しないで。考えすぎてもいいことないんだから」


 投げかけられた光の言葉は、今の私には嫌になるくらい優しくて痛かった。考えても仕方のないことばかりグダグダと考えてしまうこの癖も、考えなきゃ変わらないこの現実も、何も、何もしなければ変わらないのだから。私は今のところ、そんな風に折り合いをつけて生きていくしか、生きる方法を知らないのだから。


「ねぇ、光」


「え、うん?なに?」


 私はスマホをぎゅうと握りしめた。


「いつか、もし、戸神さんと何かあったら、その時は、話していい?」


 電話の向こうで息を飲んだ音がした。そうして微笑んだ気がした。


「私はいろりんの親友だし、とがみんの友達でもあるの。だから、もし何かあって、それを2人で抱えきれなくなったら、私のことも思い出してよ。いくらでも相談して。……いろりんととがみんは2人ぼっちじゃないよ」


 その言葉は、冷水を浴びせられたような感覚に私をさせた。


そうか、私達は、2人であるだけで、決して、2人ぼっちじゃない。

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