7−11 君にパンケーキ、僕に笑顔

 そう言って笑った戸神さんに、私が何も言えないでいると、店員さんに呼ばれた。


「2名様でお待ちの方、店内へどうぞ〜」


 私は喉まで出かかった言葉を飲み込んで、そのまま戸神さんと店内に入った。


 


 店内は可愛いをモチーフにしたであろう装飾で、椅子から机から、何から何まで全てピンク一色だった。私は店内を見回しながら、案内された席へと着いた。その時、スマホの通知音が鳴った。開いてみると、光からだった。


『ベリーストロベリーパンケーキがいいな』


 私はメニューを確認して、すぐに戸神さんに告げた。


「光、ストロベリーがいいですって。戸神さんは何にします?」


 そう言うと戸神さんはメニューを私に差し出してきた。


「僕どれにしようか迷っちゃったから、彩葉が決めて良いよ。僕、なんでも食べれるし」


「え、でも、それじゃあ……」


「いいのいいの。ほら、選んで」


 私はそう戸神さんに促されるまま、メニューに目を通した。そこには季節の限定メニューから定番の甘いものやおかず系まで豊富だった。私はしばらくメニューに目を通した後に、これにしようと決めた。


「戸神さん、決まりました。このオレンジのパンケーキでも良いですか?」


 そう言うと、戸神さんは笑顔でこくりと頷いた。


「うん、良いよ。それじゃあ、店員さん呼ぶね」


 そう言って戸神さんは呼び出しベルを押した。店員さんは忙しい中、すぐに来てくれて注文を取り始めた。


「ベリーストロベリーを一つと、オレンジを一つお願いします」


「お飲み物はどうされますか?」


「あ、私はミルクティーで。戸神さんは?」


 そう言うと戸神さんはメニューにサラッと目を通した後に、


「レモンティーのホットで」


 と、店員さんに告げた。店員さんは注文を繰り返して確認した後、「少々お待ちください」と言ってそのまま去っていった。




 周囲は女の子ばかりで、私達のような二人連れが多かった。こんな環境に来るのは初めてで、私は思わずキョロキョロと周りを見渡してしまった。すると戸神さんが笑って私を見た。


「彩葉はこういう場所、初めて?」


 私は素直にこくりと頷いた。すると戸神さんも笑って答えた。


「僕も、こういう場所は初めて。学院とはちょっと違う雰囲気で、これはこれで面白いね」


 そう言う戸神さんの言葉に、私はなるほどなぁと思った。


(この環境を、楽しめるって……)


「良いですね」


「え?」


「あ、」


 私の知り得ないところでどうやら胸の気持ちが声に出ていたようだった。


「あ、いや、その、この場所を楽しめるって、良いなぁって思って……。流石、戸神さんですね」


 私は取り繕うように戸神さんにそう告げた。戸神さんは首を少し傾げて、


「そう?」


 と、言って笑って見せた。戸神さんは目を細めたまま、私をぼぉっと見ていた。


「彩葉に褒められるなんて、今日はいい日だ」


 笑ったま告げられた戸神さんの言葉は、私の心を打つのには十分すぎるほどだった。私はときめいた胸を押さえて、戸神さんを見た。


「そんな、私に褒められたぐらいで、戸神さんの1日はいい日になるんですか?」


 私がたまらずそう尋ねると、戸神さんはあはは、と空笑いして見せた。


「うん、そう。僕の1日は彩葉に褒められただけで変わるの。いいでしょ、単純で」


 その言葉に、私は少し笑ってしまった。


「私に、戸神さんの1日を塗り替えてしまうような力はありませんよ?」


 そう言うと、戸神さんはブンブンと首を横に振った。


「いいや、彩葉だけなんだ。僕の1日も、1週間も、1ヶ月も、その先もずっと、僕の人生さえも、彩葉は変えてくれる。それが出来るのは、彩葉だけなんだよ。彩葉しかいない」


 それは、まるで何かのプロポーズのようで、私にはあまりにも勿体なさすぎて、私がもらうには余りすぎる言葉だった。私はなんて言っていいかわからず、戸神さんから目線を離してしまった。


「そんな……、私には、そんな力ないし。それに、きっと、戸神さんだって誰かの人生を変えています。あ、その、良い意味で……」


 私は本当の意味で、やっぱりそう思うのだ。戸神さんはその風貌と言ううか、そういう意味では色んな女の子の世界を変えてしまっているような気がした。私はあいにくとそんな戸神さんのような影響力もないし、そんな私が戸神さんの人生どころか1日さえも変えてしまうことなんてありえないような気がした。


「お待たせしました~。ベリーストロベリーパンケーキとオレンジパンケーキ、ミルクティーとレモンティーです!」


 そんな楽しい会話も上手く出来ないままに、パンケーキが運ばれてきた。私はテーブルに置かれたパンケーキを見て「ああ、甘そうだな」と考えていた。きつね色のパンケーキに溢れんばかりに乗せられた生クリームは今にも零れ落ちそうだし、イチゴはあらゆるところに乗せられていて、本当にとてもとても甘そうだった。


「写真、撮らないの?」


 戸神さんにそう言われて、私ははっとしてスマホを取り出した。上手く撮れる技術などないから、簡易的にパパっと撮ってしまう。どうせこだわったところで写真写りが良くなるわけでもあるまい。私は何枚か写真を撮ると、それを光のメッセージ画面に送った。これで今日の大体の仕事は終わったようなものだ。私は光からの返事を待ちつつ、ナイフとフォークを手に持った。


「光にも写真送りましたし、食べてしまいましょうか」


 そう、戸神さんに言うと、戸神さんはこくりと笑って頷いてくれた。

さっそく、私はパンケーキにナイフをで切り込みを入れた。パンケーキは思った以上にふわふわしていて、切りやすい。刃がすうっと入っていくようだった。生クリームはなだれ落ちて、お皿に無残にも零れ落ちた。私はそれを見つつ、パンケーキを一切れとイチゴをフォークで取り、口に運んだ。


「いただきます」


 そう言って口に入れた瞬間、口の中は幸せと言う名の甘さに包まれた。咀嚼するたびに、バターが効いたパンケーキとそれを優しく包む生クリームの味、甘酸っぱいイチゴのハーモニーが口を喜ばせる。私は思わず口に手を当てて、よく咀嚼してその味を嚙み締めた。


(美味しい。思った以上に……)


 流行りの食べ物なんて、どうせ大して美味しくはなく、過大評価されているだけのものだと思っていたが、ここのパンケーキは本当に美味しかった。私が普段、甘いものを食べないというのもあると思うが、いつもより味覚が冴えていて私はそのパンケーキを美味しく感じていた。ふと、顔を上げると戸神さんは私を見て笑っていた。ばっちりと目が合うのに、戸神さんは驚きもせずにただ私を見ていた。まるで、私が戸神さんを見ていようが見ていなかろうが、そんなことはどうでもいいかのように。私は詰まる息を吐いて、声を出した。


「美味しい、ですよ。これ」


 何を言おうかと考えることもしなかったせいで、口を突いたのはどうでもいいような言葉だった。何が美味しいとか、何が美味いとか、そんなことも言えず。これじゃあ私は、まるでただつまらない言葉を戸神さんに発するだけの機械みたいだ。でも弁解するつもりもなく、どうしようもなくて、そんな思いが頭に重くのしかかって、私が目を伏せようとした時だった。


「うん、わかる」


 戸神さんは王子様のような笑顔でもなく、年相応な笑顔でもなく、何か優しいような気持ちを持って私に微笑みかけた。


「だって、彩葉の顔から美味しいって気持ちが溢れ出ているもの」


 そう言って戸神さんは目を細めた。


「パンケーキを食べて幸せって笑う彩葉を見て、僕は笑顔になれる。それって、とってもいいことじゃない?」


(そういう、貴方だって……)


 今が一番幸せだって顔、してるくせに。


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