7-10 この町は営みがある
私達はしばらく歩いて大通りへと出た。そこのパンケーキ屋さんは学院の登下校道にあるので、場所はお互い何となくわかっていたと思う。その足は迷うことなく、その方向へと向かっていたから。そのパンケーキ屋さんを見つけると、そこにはすでに行列が出来ていた。
「すごい行列だね」
戸神さんは何か珍しいものを見るように、その行列を見ていた。私は苦笑いをしながら、答えた。
「流石、光が目を付けた人気店ですね。ちょっと頑張って並びましょうか、あ、戸神さん、並ぶのとか大丈夫ですか?」
私が心配になってそう尋ねると、戸神さんは笑ってこくりと頷いた。
「うん、彩葉といる時間なら僕はいつでも楽しいから」
そんなことをさらっと言ってしまう戸神さんに、私は曖昧な返事しかできなかった。どうしてそんな恥ずかしいことをさらっと言ってしまえるんだと、感心するほどだ。
と、言う訳で私達は行列の最後尾に並んだ。客層はやはり女の子ばかりで、皆携帯を見ていたので、きっとインスタ映えを狙っているのだろうと思った。そういう私達も光に写真を送るためなので、そう目的は変わらないのだろう。真夏日の太陽が、私達を照らしていた。まだセミがじりじりと鳴いている。私は町の様子をぼーっと見ていた。町はいつもと変わらない様子だ。こんな休日の昼間に出たことはないからわからないけれど、サラリーマンやOLなどが町を行き来していた。ふと、戸神さんを見ると戸神さんも町の方を茫然と見ていた。戸神さんにとって馴染みのないこの町は、一体戸神さんにとってどう映っているのだろうか。私はそんなことが、ふと気になってしまった。
「……戸神さんの住んでいた町は、どんなところだったんですか?」
「ん?」
私の急な問いに、戸神さんはすぐに笑って顔を傾げた。
「僕の住んでた町って、実家があったとこ?」
私は頷いた。
「はい。あ、ほら、私はここで生まれ育ったので、戸神さんが生まれたところって、どんな場所だったんだろう、と思って……」
そう言うと戸神さんは笑って答えた。
「面白い話じゃないけど、いい?」
「面白さなんて求めてないですから、大丈夫です」
「そっか。そうだな、何から話せばいいんだろう」
そう言って戸神さんは静かに目を伏せた。
「まず、あんまり外に出たことがないから、自分が生まれた場所のことは正直よくわからないんだ。今更になってそれがおかしいことだって気が付いたけれど。ただ、多分とても静かな場所だったと思う」
「静かな、場所ですか?」
「うん、そう。多分ね、だって多分あそこに家なんて一軒しかなかったもの」
そう言って戸神さんは、目線を遠くにやった。
「人気のない山のふもとに、大きな豪邸が一軒。周りにお店も隣家も何もなかった、孤立していたと言ってもいいね、いや、孤立させてたのかな」
私の想像を超える話に、私は目を開くしなかった。
「時々、本当に数年に一回ぐらい、窓を開けたことがあった。外がどんな風になっているか、気になったから。不思議だったんだ、物音も自然音も何もしないこの場所が。で、どうなってたと思う?」
「え、えー、どうだろう。でも、山のふもとなんですよね?だったら森の中になっているとか……」
「あー、ちょっと惜しいかも」
「え、違うんですか?!」
「あはは、そう、はずれ。……正解はコンクリートで塞がれていた、でした」
「……え」
微笑を頬に浮かべた戸神さんは、私を鋭い目で見ていた。
「変な家でしょう?本当に変な家。まぁ、事情はちゃんとあるんだけどさ。あ、そうなっていたのは僕の部屋だけね。ほかの部屋の窓からはちゃんと草木が見えてた。塞がれてなかった。だから彩葉は半分正解かなぁ……」
そう言って笑う戸神さんは、ほんの少しだけ浮世離れした、何かに見えた。何かのクイズみたいだ、と思った。
「でもどうして……どうして戸神さんの部屋にだけ、そんなことを?」
「えー、どうして?あー、多分それは昔僕がやんちゃだったから、かな?」
「やんちゃ、ですか?」
そう言うと戸神さんは、ふっと笑って見せた。
「そうそう、部屋の中で走り回るような子供だったもの。きっと窓から落ちるとでも思ったんじゃないかな」
「でも、だからって、窓をコンクリートで
埋めるなんて……」
「心配、してくれてたんだよ。きっと、お父様はね。それに空を見れないぐらいで、僕の心は折れないし。あ、彩葉、メニューだって」
戸神さんは話を逸らすように、店員さんからメニューをもらって、私に見せてくれた。私はもやもやとした気持ちを抱えたまま、でもそれを深く追求する勇気も無く、メニューに目を通した。
「光だったら、どれを選ぶでしょうか」
「うーん、わかんないぁ。メニューを写真に撮って、光にメッセージっで送ってみたら?」
「うーん、そうですね」
私は戸神さんに言われるがまま、メニューを写真に撮り、光にメッセージを送った。光の返信を待ちつつ、私はメニューに目を通した。戸神さんも静かにメニューに目を通していて、感情を読むことは難しそうだった。
(美味しそうとか、可愛いとか、考えてるのかな……)
そう思ってじっとみていると、振り返った戸神さんと目があった。戸神さんは少し意地悪そうに笑って、私を見た。
「彩葉、僕が今何考えてるだろうって思っていたでしょ」
「ええ、なんでわかったんですか?」
そう言うと戸神さんは楽しそうに笑って答えてくれた。
「それは秘密。僕の思考を読もうとしたお仕置きね、その代わり僕が何考えていたか教えてあげる」
「え……」
「この町は、営みがあるよ」
そう言って戸神さんは王子様のように笑って見せた。
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