7-4 お姉ちゃんよりももっと
それからの話は早かった。どうせなら早い方がいい、という戸神さんの提案で、今週の日曜日に行くことになった。また服選びにメイク、髪型に靴を決めなきゃ行けないな、と思ったが、デート挽回の為ならば苦ではない。かく言う戸神さんはてっきり調子を戻したようで、いつもより何故かにこにことして過ごしていた。まあ、元気ならそれに越したことはない。どこか安堵する自分が、そこにはいた。
私は今週の日曜日にデートに行くことを、光に伝えた。
「そりゃまた、早いね!いってらっしゃい」
そう言って光は笑顔で見送ってくれた。ただ、私は光に対して気になる事があり、おずおずと尋ねてみた。
「あの、光……」
「ん?なあに?」
光は紙パックのジュースのストローを噛みながら、私に尋ねてきた。
「あ、もしかして不安?大丈夫大丈夫、私が言った通りにすれば……」
「あ、いやいや!それもそうなんだけど……、あのさ……」
私は目を泳がせながら、言葉を絞る。
「なんか、戸神さんから、言われたりしてる?例えば、ほら、好きな人の話とか……」
戸神さんが「光にも僕達の関係を言わないとね」と言っていて、まさか、もう光は知っていたりして、なんて思ったのだ。光はジュースを飲みながら、首を傾げた。
「好きな人?ううん、別に聞いてないけど……」
光の言葉に私は胸を撫で下ろした。
「いや、何も聞いてないなら良かった!ごめん、変なこと聞いて」
と告げると、光は
「何ぃ?デート前に何も起こさないでよ。ヒヤヒヤするじゃん」
と言って、紙パックのジュースから口を離した。
「はは、ごめんごめん」
と言って私は何度も謝った。光が何も聞いていないならいい。それさえ分かれば私は安心してデートに行ける。
なんで戸神さんが私の事を好きなのかが知られたくなのか、と言われれば、厄介事を避けたいからの一択なのである。あくまでも、仮にでも、戸神さんは今の所『学院の王子様』なのである。そんな戸神さんに、もし好きな人がいるとみんなに知られたら?しかもそれがよりにもよって私だとわかったら?厄介事不可避である。学院の生徒たちに何を言われて、何をされるかわかったものじゃない。そんな訳で、私は戸神さんが私を好きだという事実を隠したい訳である。まあ、光にバレたところでそんなに害はないだろうが、念には念を込めて、だ。それに、光に私達の関係を話すのは、私の心の準備がまだ足りなかった。
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そんなこんなでやれ部活だ、やれ家事だとせかせか動いていたら、あっという間に日曜日は訪れた。朝起きて、カレンダーを見て、デートと赤字で書かれているのに一度驚いてしまう。
「あれ、今日か。今日、デートか」
私の情けない声が、部屋に反響する。自分の声が頭に流れてきた。頭の中が今日はデート、今日はデートと流れてくる。私はしばらくカレンダーを見つめていた。ただ、いつまでもカレンダーとにらめっこをしている訳にはいかない。私は部屋のカーテンを開けて、身支度を始めた。
一旦の身支度を終えて一階に降りると、リビングの電気やクーラーはもう付けられていた。一瞬お母さんかと思い体が震えたが、料理をする音がして、お母さんではないこと確信した。お母さんが朝ご飯を作るなんて、一体何年前の話だ。じゃあ誰がご飯を作っているのか、答えは明確だ。私はキッチンを覗き込んだ。
「おはようございます、戸神さんっ」
そう声をかけると、フライパンを振っていた戸神さんが私を見上げた。
「ああ、彩葉。おはよう」
そう言って戸神さんは、爽やかに笑って見せた。今日の朝食の担当は戸神さんだったのだ。私はそう言って笑う戸神さんに、笑顔で返事を返した。それにしても……と、私は戸神さんの格好を見る。戸神さんは自前のエプロンをつけている。なんだか戸神さんがエプロンをつけると、一気に家庭感が増す。たくさん兄弟を抱えた長女が、兄弟の為に朝ご飯を作ってる感じだ。結い上げている髪の毛が、また尚更それを彷彿とさせた。
「なんか、お姉ちゃんって、感じです」
そう呟くと、戸神さんのフライパンを持つ手が止まった。びっくりした表情で、私を見ている。
「あ、ごめんなさい!なんか、変なこと言っちゃっ……」
「いや!」
途端、戸神さんは頬を赤く染めて、それはそれは嬉しそうに笑って見せた。「幸せ〜」という感じが、表情からいっぱいに伝わってくる。
「今日はお姉ちゃん記念日だよ、彩葉!」
そう言って戸神さんはガスを一旦止めると、私の方に嬉しそうに近づいてきた。私は頭にはてながみっつ、浮かんでいた。
「お姉ちゃん記念日、ですか?」
私がそう尋ねると、戸神さんは嬉しそうにこくり、こくりと頷いた。
「だってこの家に来て、彩葉が僕の事〈お姉ちゃん〉って呼んでくれるの、初めてだよ!」
戸神さんはにこにことして、私の頬に手を当てた。冷たい手袋の感触に、ひやひやする。
「あ、もしかして忘れちゃった?」
戸神さんはそう言うと、私の顎をくいっ、と上にあげた。戸神さんは目を細めて、私を見ている。
「僕達、一応義姉妹じゃない。彩葉から見たら僕は義姉でしょ?」
「あっ……!」
その言葉で私は戸神さんの言っていることを理解した。そうだった、私達は同級生やクラスメイト、好き嫌い関係の前に、大前提として、義姉妹だった。あまりにも姉妹感が無くて、すっかり忘れていた。思えば、最初戸神さんが来た日に、お母さんが
『実は貴方にはお姉さんがいるの』
と言っていたじゃないか。戸神さんとの生活は、本当にクラスメイトの子と同居している感じで、それがあまりにも染み付きすぎて、義姉妹という関係がすっぽり抜け落ちていた。
「だから、お姉ちゃんって……」
「そーいうこと」
そう言うと、戸神さんはにこりと笑った。
「彩葉からお姉ちゃんって呼ばれるの、夢だったんだよね。一度呼ばれてみたかったんだ、まぁ、お姉ちゃんらしい事は何もしてないんだけどね」
戸神さんは私から手を離すと、はあ、と言って笑いながらため息をついた。
「ふふ、お姉ちゃんらしい事する方が難しいです。私達、やっぱり同級生ですね。と、言うかそれがしっくりきますね」
私がたまらずそう言うと、戸神さんはこっちを向いて、私をじっと見た。じっと見て、こちらにゆっくりと手を伸ばした。
「え……」
視界が暗くなる。それは私が戸神さんの胸の中にいるんだと気づくのに、数秒かかった。うちの柔軟剤の匂いがする。優しい匂いがする。私は顔が赤くなるのを感じていた。
「あ、あの、戸神さ……」
私がそう言っても、戸神さんは私を抱きしめる手に力を込めた。私の体は戸神さんの腕の中に、すっぽりとはまっていた。
「悔しい」
「……へ?」
「悔しいんだ」
戸神さんは私の耳元で、そう呟いた。
「彩葉のお姉ちゃんになりたいって、思う。仲良しの家族に。でも、それ以上に、やっぱり恋人がいいって思う。だから、同級生がいいなんて言われるのは、悔しい」
戸神さんの声は、切ないような気がした。
「だから、絶対。絶対、好きにさせるから。同級生で良かったなんて、思わせないから!」
切ない声か一転、戸神さんは強く私に宣言した。その言葉に、私は思わずこくり、と頷いてしまった。
「あ、あの、私!戸神さんのこと、好きです。恋愛感情では、ないけれど、!でも家族としても同級生としても、大好きですから」
それは、あわれもない本心だった。恋愛感情じゃないけれど、戸神さんの事は好きだ。大好きだ。私を救ってくれた、王子様みたいな人だから。今度は私の言葉に、戸神さんが頷いた。
「そこに、恋愛感情の好きを、足してあげるね。だから待ってて」
優しい声が、耳に触る。私は「はい、」なんて答えて、すこしだけ、ほんの少しだけ戸神さんに寄りかかった。
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