7−3 君をドキドキさせるのが楽しいんだよ
こんな気まずいような関係でも、一応戸神さんとは一緒に下校している。そんな訳で戸神さんをデートに誘う為、私と光は一緒に教室で戸神さんを待っていた。光は肘をついて、窓の外を見ている。
「なんか、とがみんと街を歩いてたら、めっちゃ目立ちそうだね」
そんなことを言う光に、私は笑って答えた。
「そんなこともなかったよ。ほら、戸神さんだって、普通の女の子だし……」
「そんな言ってもねぇ。とがみんって超美人じゃん。とても普通の女の子には見えないよ。私だったら、絶対モデルさんかなんかだと思う。学院中の女子の心を奪ってるし……ほら、それにっ!」
光はこちらを向くと、笑って私の頭を撫でた。
「わっ、ちょっと!なに?」
「うちの可愛いいろりんの心まで奪っちまったしさぁ!」
「ちょっと、髪が崩れる!やめてよぉ」
そう言うのに、光は笑って私の髪をぐしゃぐしゃにした。
「別に、!戸神さんに心を奪われたわけじゃ……」
そんな事を言っても、光は笑っていた。笑っていたままだった。光は時たま、私が戸神さんのことを好きだと勘違いする。別にそうじゃないと言っているのに。
そんなこんなで、光とのじゃれあいに私も笑いながら戸神さんを待っていると、教室のドアがガラリ、と開いた。振り返ると、そこには戸神さんが驚いた顔で立っていた。
「あれ、光がいる」
「ひっさしぶり!とがみん!」
そう言って光は戸神さんに、手を振った。
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「光、久しぶり」
戸神さんは意外そうな顔をして、光に言葉を返した。クーラーが逃げない為か、教室の扉を閉めて、私たちのいる机に向かって歩いてくる。
「会うの、夏休み始まって以来じゃない?」
そう言いながら戸神さんは、適当な近くの椅子に腰を下ろした。よく見ると長い髪がポニーテールで結ばれている。サラサラの髪が縦に横にと揺れていた。
「2週間ぶりかな、多分」
そう言って光は戸神さんの方に体を向けた。
「聞いたよ!部活、決めたんだってね。なんでも弓道部に!」
光がそう言うと、戸神さんは軽く笑いながら頷いた。
「うん、神代先輩のお誘いでね。どうせ入りたい部活もなかったし、ちょうど良かったから」
「へぇ、あの神代先輩からのお誘いか!」
光はうんうんと頷くと、机に肘をついた。
「彩葉と話してたの?夏休みじゃ会えないしね」
そう言う戸神さんに光は「いや、実はさ」と言って、私に目配せをした。恐らく、デートのこと話すよ、という合図だろう。私は小さく頷いた。
「実は、とがみんの事待ってたんだよぉ!お願いがあって!」
と、光は切り出す。戸神さんは「お願い?」と言って、首を傾げた。
「そう!まずはこれを見てほしいんだけど…」
そう言って光は例のチラシを戸神さんに渡した。戸神さんはチラシをじーっと眺めている。
「そこのパンケーキね、今大人気なの!」
戸神さんはこくりと頷く。光は話を続けた。
「食べに行きたいんだけど、残念ながら白草の寮は基本外出禁止だから、私は食べに行けないのです!」
「ああ、そっか」
「そうそう!」
そこで光は身を乗り出した。
「そこでね、いろりんと一緒にそこのカフェに行って、パンケーキの写真撮ってきて欲しいの!ついでに味も!」
戸神さんは、意外なところを突かれたように、目を丸々くした。
「僕と、彩葉で?」
「そうそう!」
戸神さんは不思議そうに、頭を傾げた。
「どうしてまた、僕と彩葉二人で?」
「いやぁ、それはね!」
そう言って光は私の肩を叩いた。
「最初はいろりんにお願いしようかと思ったんだけど、流石に人気店に一人で行くんじゃ可哀想だなぁって思ってさ。いろりん緊張して、味忘れちゃうかもしれないし!それでとがみんにもお願いしたいわけ!」
光が説明し終えると、戸神さんは「うーん」と悩んでみせた。やっぱり、この間のことがあるし、私の出かけるのは嫌かな、なんて、ネガティブに考えてしまう。だけど、その考えはすぐに打ち砕かれた。
「全然いいよ。夏休みだから暇だし」
戸神さんは意外にもあっさりと答えてくれた。
「ほんと?やったぁ!ありがとう!」
と、光が喜ぶ。
「ただ……」
そう言うと、戸神さんは、私の方を向いた。
「彩葉はいいの?」
「へっ!?」
まさか、自分に話が振られるとは思わず私は驚きの声を上げてしまった。戸神さんは、私を真っ直ぐと見ている。
「部活、忙しくない?それに僕と二人でも大丈夫?」
「わ、私は……!」
急な事に言葉がしどろもどろになる。その時、光が私の背中を軽く叩いた。きっと今がチャンス、と言いたいのだろう。私は勇気を振り絞った。
「私は、全然、大丈夫です!部活は平日だけですし……、その、戸神さんが良ければ、全然……」
私が途切れ途切れにそう伝えると、戸神さんは
「そっか、彩葉がいいなら」
と、頷いて見せた。光は手を叩いて、
「おっ!じゃあ決まりね!現地リポート宜しく!お二人さん」
と言って、笑った。私はとりあえず戸神さんからOKを貰えたことに安堵した。光とも楽しく話しているし、なんだかんだ戸神さんは元気そうだった。私は深い安心感に包まれていた。
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その後、私達は光と別れ、帰路につくことにした。部活は午後四時ぐらいに終わるので、外はそろそろ夕日が落ちてきそうだった。それでも相変わらず暑い気温の中を、ゆっくりと歩きながら帰る。戸神さんは時折手を仰いで暑さをしのいでいた。私はと言えば、ダラダラと汗を流すばかりで早く家につかないかな、なんて考えている始末だった。
「光、元気そうでよかった」
ぽつり、と戸神さんが言う。私はすぐに
「あ、はい!そうですね!でも、光はいつでも元気ですから……」
と、返事をした。そう言うと戸神さんは「あはは、確かにね」と声を漏らす。私は、案外戸神さんと光は仲がいいんだな、と思い、少し嬉しくなった。なんだかんだ名前で呼び合う仲だし。二人が仲がいいのはとても嬉しい。私は思わず笑みを浮かべてしまった。
「笑ってる。可愛いものでも見つけた?」
そう声をかけられて、体が跳ねた。どうやら笑っているところを見られていたらしい。私は恥ずかしくなって、「あ、いや」なんてしどろもどろになりながら、
「戸神さんと光が仲良いの、嬉しいなって思っ
て……」
と、素直に言った。そう言うと戸神さんは、
「あれ、知らなかった?」
と言って、微笑んだ。風に長いポニーテールが揺れている。
「……知りませんでした、全然。話してるところ見た事なかったですし」
そう言うと、戸神さんは「あー、確かに」と言って、上を見上げた。
「確かにあんまりまだ話せてないけど……。でも、彩葉の事で話が合うんだよ」
「……私、の事ですか?」
「そう」
そう言うと、戸神さんは私の方を向いた。
「彩葉の事、教えてもらったり。放っておけないとか、心配だとか、可愛いよねとか、……僕の好きな人なんだ、とか」
唐突に出たその言葉に、私は目を丸くしてしまった。
「えっ、ええ、ちょ、ちょっと待ってください!光、知ってるんですか?話したんですか!?」
思わず私が戸神さんに詰め寄ると、戸神さんは「あはは、ごめんごめん!冗談!」と言って笑った。
「今は言ってないよ、大丈夫。でもいつかは言わなきゃね。光にも僕たちの関係、認めてもらわなきゃだから」
その言葉に私は驚愕する。別に光に隠すような、やましい関係ではないのに。それじゃあまるで、私と戸神さんはもう付き合ってるみたいじゃないか……。私は顔が熱くなるのを感じて、戸神さんから顔を逸らした。ただ、それに気づいたのか、唐突に戸神さんが私の手を掴んだ。
「……!?!?な、なんですか……??」
堪らずまた顔を合わせると、戸神さんは不敵な笑みで私を見ていた。
「ねぇ、ちょっとはどきどきした?」
「え……」
頭が混乱する。ずるい。ずるい。ずるすぎる。最近はずっと暗い顔をしていたじゃないか。私と目も合わせなかったじゃないか。なのに今になって、こんな時に限って……!
「やっぱり僕に落ちるまで、彩葉を口説くの、やーめない」
そう言った戸神さんは、私を意地悪く見て笑っていた。
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