7-1 初めてのデートは心残りと後悔

はっきり言って、あのデートがずっと心残りだった。折角の戸神さんとのお出かけが、最終的にはあんな事になってしまって。まさか私の過去を言う事になって、戸神さんにも気まずい思いをさせてしまって。


 と、一体私が何の事で落ち込んでいるかと言うと、それはこの前の戸神さんとの映画デートの事だ。思えば戸神さんがあまり外出した事がない、と言う話から、戸神さんの暗い過去の話を尋ねてしまう事になったし、なんだか楽しい、という気持ちになりにくいデートだったと思う。挙げ句の果てに、帰りには私の過去を暴露してしまって、戸神さんを落ち込ませてしまったし。私はあの日もその後も、戸神さんのことが少し心配だった。余計な事を言ってしまった手前、何かしてあげたい気持ちもあったが、私が余計な事をしてさらに戸神さんに迷惑をかけないかが頭をよぎって、何も出来なかった。こんな時、何も出来ない自分が嫌になる。もっと戸神さんの為にと、私がすることが戸神さんを暗に苦しめないかが心配で、私は未だ戸神さんに何も家族らしい事が出来ないのだ。

 私はそんな思いを一人で抱えられず、光に今回のデートのことを話した。光は私の話を全て聞くなり、苦笑いをして笑った。

 

「ああ、一体どうしたらそうなっちゃうの!?どうして映画デートの帰りに映画の話じゃなくて、自分の過去の話になるのさ……」


「いや、それは私も謎なところでして……。だ、だって、そういう空気になっちゃったんだし、しょうがなくない!?」


「しょうがないわけがあるか!」


 そう言って光は私の頭をぽん、と叩いた。


「いいかい、いろりん。デートって言うのは過去を暴露する場所でもなければ、泣く場所でもないの!お互いに楽しんで、お互いを知る場所なの!」


 彼氏が欲しいでお馴染みの恋愛マスター・光先生はそう言ってため息をつくと、私の前に一枚のチラシを出した。


「へ、何これ……」


「まあまあ、見てみなさい!」


 そのチラシには、「現在女子高生に大人気のふわとろ甘々パンケーキ!」と大きな文字で書かれていた。


「パンケーキ?これがなんなの?」


 そう尋ねると、光は目を輝かせていった。


「そんなの、食べに行くに決まってるでしょ!」


 光の言葉に、私は思いっきり苦い顔をした。


「ええ、そんな所に何故に食べに行くのですか……?」


「ええい!甘い、考え方が甘すぎる!」


 そう言うと、光は満面の笑みで答えた。


「デート挽回だよ、いろりん!」


「デート、挽回?」


「そうそう」


 光はまっさらなルーズリーフを取り出して、何かを書き始めた。書きながら話しかけてくる。


「いろりんが誘うと、とがみんも何かあるのかあ……とか勘繰っちゃいそうだからぁ……」


 そう言って光は意気揚々とシャーペンを書き進めた。


「こうするの!」


「どうするの?」


「こう!」


 光が私の前に紙を差し出す。そこには「デート挽回大作戦」と書かれていた。


「とがみんに「光がここのパンケーキの写真、どうしても撮ってきてほしいって言うから、ここのカフェに行きたいんだけれど、一人で行くには勇気がなくて……。良かったら一緒についてきてくれませんか?」と誘う!」


 私は歪んだ顔のまま、頷いた。


「OKをもらったらデート当日、いろりんは私の話題を出して話すの!光はなんの部活をしているとか、ね。で、そのまま学院の話題に持って行くの!」


「えー、学院の話題なんか話して楽しい?」


「違う違う!いろりんは恋愛マスターには程遠いなぁ」


 光はそんな事を言って、軽く私をディスった。


「とがみんはまだ学院に来て一ヶ月!だから、これからあるイベントのこととか話してあげるの!」


「おお、それは確かに……」


「そうそう、体育祭に文化祭。去年は何したのかとか、どんな事やるとか!そうすれば暗い話なんかにならないから!」


 そう言うと光は、ルーズリーフにまた何かを書き出した。


「そんな話をしながら、カフェに着いたら、二人でパンケーキを食べる!写真も撮りまくる!」


 光は言った事をそのまま書き込んでいるようだった。私はそれを他人事のように眺めていた。


「そして、女の子が一番盛り上がる話題って、なぁんだ!いろりん!」


「え、女の子が一番盛り上がる話題?え、えーっと……スイーツ?」


「ブッブー!」


「かわいいもの、とか」


「ブッブー!」


「ええっと、アイドルとか?」


「綺麗に外すね」


「ええ〜〜!!」


 光の質問に参って目を回していると、光はまた私の目の前に紙を差し出してきた。


「答えは?書いてるでしょ」


 ルーズリーフには大きく「恋バナ」と書かれていた。


「……恋バナ?」


「はい、大正解!」


 そう言うと光は、にっこりと笑った。


「戸神さんも女の子だしね。恋の一つや二つ、してるでしょ。別にそうじゃなくても、好きなタイプ、恋人としたいこと、行きたいデート場所、将来結婚したいか、とか、話題はつきないでしょ?もし話す事何もなくなったら、いろりんの大好きな白馬の王子様の話でもすれば良いじゃん」


「そ、それは……」


 楽しげにそう語る光の言葉に、私は冷や汗が背中を流れた。光の作戦を行うにあたって、実は私は光に話していないことがある。それは戸神さんが私の事を好きだという事だ。しかも告白までされている事。戸神さんからしたら、好きな人から恋バナ振られるって、良いんだろうか……。


「あ、あの、光」


「え、何?」


「あ、あの実は……」


 まさか戸神さんが私の事を好きだ、なんて光に言えない。私は言葉を濁す事にした。


「戸神さんには、好きな人がいるみたいなんだけれど……それでも、恋バナってしても良いのかな?」


 そう言うと、光は目をまん丸にして私を見た。ルーズリーフに走らせていたシャーペンは止まっている。


「え、とがみん好きな子いたんだ……」


 光はとても意外そうな顔をしていた。そうして急にそよそよしい態度を取り始めた。


「え、いや……、あー、別に好きな子はいても恋バナは盛り上げるけどさ……」


と言って、言葉を濁す。


「何?なんで急にそんなよそよそしいの?」


 そう言うと、光は「うーん」と言ってから、申し訳なさそうに私を見た。


「いろりん、あのさ」


「うん、何?」


 光は「あー」と言いながら、言葉を紡いだ。


「とがみんってさ、いろりんの事が好きなんじゃないの?」


「えっ!!??」


 私は背筋が凍った。


(嘘、どうしよう。光にバレてた!?!?)


 光にバレていたら話が変わってくる、というか、ややこしい事になると頭を抱えた時だった。


「だってさぁ、とがみんといろりんって一緒に帰ってるし、とがみんなんかいろりん大好き〜!って感じじゃん!なのにとがみん他に好きな子がいるの?」


 私は光の言葉に懸命に頭を回転させていた。ここで「そうです。戸神さんの好きな人は私です」なんて言えない。言えるわけがない。むしろ、今知らないふりをしたら、隠し通せるはずだ。私はそう思うと、思い切って口を開いた。


「い、いやぁ!どうかなぁ!私も好きな子がいる、としか聞いてないし!ほら、それに、あの戸神さんだよ?学院の絶対的王子様!そんな人が地味な私の事好きななるわけないじゃんか……はは」


 果たして今、私はうまく笑えているだろうか。私はそんな事を考えながら、無理に笑った。光はしばらく怪訝そうに私の顔を見た後、


「うん。とがみんが誰が好きかは、わかんないよね。うんうん、でも、もし、とがみんがいろりんの事好きだったら、まさかの告白イベントが発生するかもだしね!」


 そう言うと光はまた楽しそうにルーズリーフに何かを書き始めた。私は告白イベントはもう起きてます……なんて言える訳もなく、ただ苦笑いをして、光を眺めていた。

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