番外編 無防備な君にKiss (彩葉・侑李)

 気を許せる場所ってどこだったんだろうか、なんて事をふと思った。あの父の支配に満ちた重苦しい実家も、一目から離れることができない学校も、どこにも安らげる場所なんてなかったように思う。いつも、僕は気を張っていた。視界を巡らせていた。いつでも、どこでも、誰にでも、声をかけられたら完璧な対応を出来るように。その為に、決して気だけは緩めなかった。だから、居眠りという経験が僕には無い。

名家の一人娘であるから、人から注目されやすいから、単純に女の子だから。そんな危険な場所でうつつを抜かして眠ってしまったら、何をされるかわからないからだ。悪戯をされたら?誘拐をされたら?何かを仕込まれたら?そんなことされたら、タダでは済まないのだ。だから、居眠りなんて絶対にしなかった。自分の弱さを誰かに見せることなんて、絶対にしない。僕が本当の意味でゆっくりと眠れたのは、鍵のかかった自室のベットしかないのだ。まあ、それだけで十分なはずなのだ。本来ならば。ただ、いざその無防備な姿を見せられると、僕は何も思わないことが出来なかった。


「……」


 リビングに置かれた大きな白いソファー。その上で、彩葉は心地よさそうに眠っている。小さな寝息が、聞こえてきていた。


 僕がダイニングで課題をやりながら後ろ姿を盗み見た時には、ちゃんと読書に励んでいたのに、今見て見たら、安らかに眠りについているじゃないか。僕は静かに立ち上がると、こっそりと彩葉が眠るソファーへ近づいた。中途半端に開かれた本は彩葉の手から落ちそうになっていた。それを、僕はぼーっと見ていた。


(寝てる。ぐっすりだ)


 彩葉は起きる様子もなく、ぐっすりと眠っている。その姿に、僕は正直驚いていた。だって、この家には僕がいる。まだ住み始めて一ヶ月の、赤の他人にも近い僕という存在がいる。彩葉は僕に警戒心などないのだろうか。僕だったら絶対にこんなところでは眠れないな。それとも……


(彩葉は僕を信頼してくれてるってことなのかな……)


 僕がいても眠ってしまってもいいぐらい、彩葉は僕を信用してくれているというのだろうか。まぁそれは、彩葉に聞いて見ないとわからなかい。取り敢えず僕は自分の部屋から薄い毛布を持ってきて、それを彩葉にかけてあげた。クーラーの効く部屋で寝ては、彩葉も寒いだろうと思っての事だった。ゆっくりと毛布をかけても、彩葉は静かに寝息を立てているだけだった。


 僕は少しドキドキした気持ちで、彩葉の隣に腰を下ろした。僕の重さでソファーが沈む。起きちゃうかな、とヒヤヒヤしたが彩葉が起きることはなかった。彩葉の顔を伺うようにして、覗き込む。彩葉は僕と違って、可愛らしい顔をしている。彩葉の好きなところの一つだ。いつも丁寧に編まれている栗色の三つ編みも。細身の白い体も。庭仕事や家事をしても荒れていない綺麗な手指も。薄い桃色の唇も。健康的な肌の色も。僕とは違う、その全てが愛おしい。12年間、彩葉と出会うまで、僕の中の彩葉はずっと想像の中だけの存在だった。どこで生きているのかも、何をしているのかもわからない。でも、いつか偶然にでも出会うその日のために、自分磨きを怠りはしなかった。その願いがようやく報われて、僕の高校生活は彩葉との同居という、とんでもない形で叶えられた。僕が想像しているよりも、本物の彩葉はずっと可愛くて綺麗だった。自分の好きな人が、彩葉であることが誇らしかった。……みんなに、自慢したくなる。僕の好きな人は、僕の大好きな人は、こんなにも素敵な人なんだと。みんなに自慢して見てほしい気持ちもあるし、僕だけの小さな箱に閉じ込めて誰も見れないように隠したい気持ちもある。だから、学院ではソワソワしてたまらないのだ。僕の可愛い彩葉が、僕の知らないところで、とんでもない目に合っていないか、泣いていないか、なんて考えてしまう。でも、“ソレ”をするには、まだ早いのだ。なんだって、僕はまだ彩葉の恋人でもなんでもないのだ。ただの親戚?義姉?それか同級生。それでもいい。別にまだ出会って一ヶ月。彩葉になんて思われていようが、関係ない。どう思われていたって、必ず僕を好きにさせるのには変わらないんだから。僕は、彩葉の寝顔を見ながら、小声で呟いた。


「必ず、僕を好きにさせるよ。彩葉が好きなタイプにでも、なんでもなってみせる。その為の努力は惜しまない。だから、僕の側にいて」


 まあ、聞こえてる訳無いんだけれどね。

寝ている彩葉にそんなことをいう自分に呆れて、僕は笑ってしまった。大体は直接言えない自分の不甲斐なさに。いつかは、ちゃんと直接言うから。だから待っててね。なんて、心の中でこっそりと思って僕は彩葉から離れた。


いつも、頑張っている君だから。

せめて、僕の隣ではゆっくり眠って。


____________________


「ん……っ」


 しばらく眠っていた彩葉が、ゆっくりと目を開けた。しばらくぼーっとした後に、僕の姿を見て、目を見開く。


「……と、がみさん……?」


 僕はなるべく優しい声で、彩葉に話しかけた。


「うん、おはよう。彩葉」


「あれ、ごめんなさい……私、寝ちゃってましたか?」


「うん、ぐっすりね」


「ごめんなさい、無防備なところを見せてしまって……!」


 そう言うと、彩葉は毛布の存在に気がついた。


「あれ、この毛布。戸神さんの、ですか?」


「寒いかなあ、と思ってさ」


「ごめんなさい……!おかげさまで暖かかったです。ありがとうございます」


 と言って、彩葉は毛布を綺麗に四つ折りにして、僕に手渡してくれた。


「いえいえ、大切な体を冷やしたらいけないしね」


 そう言って受け取ると、彩葉は「私は元気な方なので大丈夫ですよ」と笑って答えてくれた。毛布を返した後、彩葉は少し気まずそうに僕から顔を背けた。


「……?彩葉?」


「あ、いえ……ちょっと……」


 なんだか言いにくそうにしながら、彩葉は僕の顔をチラチラと見ていた。そうしてゆっくりと口を開いた。


「あの、その、見て、いたんですか?……寝顔」


「……あ、ごめんね。ぐっすり眠っていたから、つい」


「うう……」


 彩葉はそんな情けない声をあげると、顔に手を添えた。


「戸神さんに寝顔を見られたなんて恥ずかしいです……、無防備な私が悪いんですけれど……」

 

 と言って顔を赤く染めた。僕はその一個一個の動作さえも可愛いなあと思ってしまった。


「大丈夫だよ。眠っていても、彩葉は可愛かったから」


「……そんなお世辞はいいです。恥ずかしいのに

変わりはありませんから……」


 そう言って彩葉は失敗だ、と言わんばかりに肩を落としていた。そんなに寝顔を見られたのが恥ずかしかったのだろうか。可愛かったのに、と僕は思ったところで、ハッと気がついた。そうだった、彩葉には、ちゃんとこれを言っておかないといけなかった。僕は落ち込んでいる彩葉の肩に手を添えると、そのまま耳に口を近づけた。いきなりの行動に驚く彩葉に、僕はさらり、と告げる。


「眠っちゃうのはいいけれど、警戒心ゼロで、僕に悪戯されても知らないよ?彩葉」


 その途端、彩葉は耳を押さえて僕から離れる。僕は笑顔で彩葉を見た。そうそう、自分を好きにさせるコツは、たくさんの甘さと少しのスパイスなのだ。


〜fin〜


今日の彩葉

ソファで居眠りをしているのを発見。ブランケットをかけてやり寝顔を観察。唇が薄く開いている。警戒心ゼロ。いたずらされても知らないよ。


#今日の二人はなにしてる #shindanmaker

https://shindanmaker.com/831289


さんよりお題をお借りいたしました。

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