6-9 私、覚悟宣言!

 部室に帰ると、一番に同級生の名波さんが駆け寄ってきてくれた。


「蜜枝さんっ!」


そう言って名波さんは私の方に手を置き、顔をまじまじと見た。


「目が腫れています!神代先輩に泣かされたんですか……?」


「いや、そんなんじゃないよ」


と、大袈裟に心配してくれる名波さんに告げる。


「私が、神代先輩との別れが寂しくて、泣いちゃっただけだから……」


一応、最もらしい理由だと思った。まさかここで、失恋して泣きましたなんて、言える訳がないし。そう言うと名波さんは、安心したようにしてため息をついた。


「そう、でしたか……、なにか酷いことでも言われたのかと思いましたわ。良かったです、何も無くて……」


「ごめんね、名波さん。ありがとう」


そう言うと、名波さんは私の肩から手を離して、にこりと微笑んだ。


「良いのですよ。部員の心配は副部長の務めですから」


そう言う名波さんの言葉が、胸にちくっと刺さる。本当なら、副部長である名波さんが、部長になるはずなんだ。きっとみんなもそう思っているはずだ。でも、言わなきゃダメだ。逃げちゃだめなんだ。神代先輩が託してくれたものだから。最後に私に残してくれたものだから。


 先輩がおどおどとした様子で、私に近づいてきた。


「良かった。蜜枝さん。それで、神代先輩、何か言ってました?」


 そう言って尋ねてくる。私は、こくりと頷いて、私の言葉を待っている部員のみんなの方を向いた。そうして、大きく口を開いた。


「先輩方、同級生のみんな、後輩のみんな。私を……、私を部長にしてください!お願いします!」


 そう宣言して、思いっきり頭を下げる。私は心の中で、強く願っていた。みんなは、唖然としている。


「今よりも、ずっと、ずっと頑張って、部活内で絶対一番弓道上手くなります。みんなの事も、絶対サポートします。部長のお仕事も絶対手を抜きません。神代先輩みたいにはしません、絶対。……だから、だから私を、部長にしてください!」


 一世一代の、私の勇気だった。もう泣かないって、決めたから。みんなに、認めてもらえるまで、この頭は、上げない。


「み、蜜枝さん。とりあえず、落ち着いて……」


 なんて、先輩が言う。けれど、私は決して頭を上げなかった。みんな、コソコソと話を始める。それでも、私は頭を下げ続けた。話が収集がつかなくなりそうな、そんな時だった。


「それは、神代先輩がそう言ったからですか?」


 聞こえてきたのは、名波さんの声だった。はっきりと、私に尋ねてくる。私は「違います!」と言い返した。


「私が、やりたいんです。神代先輩に託されたものを、ちゃんと、自分の手で、やり遂げたい。私が、弓道部を支えたい!」


 全力の気持ちだった。私が、やりたい。そう、自分で決めたから。名波さんは、私に問いかけた。


「じゃあ、私より、上手くなれますか?」


 何度も呼吸していた息が止まる。だって、名波さんは神代先輩と張り合うぐらい弓道が上手い人だ。大会でも成績優秀で、将来有望で、神代先輩に指導してもらわなかったけれど、自分の実力でその才能を手に入れた人だ。


その人に、勝てる?私が?


 頭がフリーズする。私が、私なんかが、名波さんに勝てるの?上手くなれるの?そう、自分に尋ねる。冷や汗が止まらない。


『真面目で、努力家で、分け隔てなく人に接せる。そして誰よりも弓道が好きだ。……そんな人に、俺は部長を任せたい』


 神代先輩の声が、頭の中でリピートされる。そうだ、神代先輩は私に期待してくれていたんだ。だから、私に任せてくれたんだ。その気持ちに、答えたい。いや、答えるんでしょ?私!


「ぜっっっったい、上手くなります!神代先輩よりも、名波さんよりも、ずっとずっと、届かないぐらい、一番上手くなります。その努力も、頑張りも、絶対に惜しまない!」


 神代先輩の言葉が、背中を押してくれるから。だから、私は自分にも他人にも、負けない。


「私が部長で良かったって、思わせてみせます!」


 そう、宣言する。気持ちも、実力も負けないって、決めて。名波さんはしばらく黙っていた。何を考えているのかは、わからない。実際、みんなが名波さんが部長になるものだと思っていた。私だってそうだ。神代先輩に選ばれなかった名波さんの気持ちは、私には計り知れない。きっと名波さんだって、神代先輩に、みんなに見えないところで、頑張ってきたんだと思う。部長になって、みんなを引っ張るんだって決めていたはずなのに。こんなことになって。


「私は、神代先輩に絶対負けないって、思ってここまでやってきました。あんな人には負けないって。私が一番になってやるって。その為の努力もしました。なのに、神代先輩は、その私の努力さえ、無視して……」


「それなら、私が掬い上げます!」


 名波さんの言葉に、私は反射的に答えてしまっていた。


「……え、」


 なんて、名波さんが驚いた声を上げる。


「名波さんの努力を、私が絶対認めますから。無駄になんかしませんから。……神代先輩みたいに、不器用なことはしない。必ず、名波さんが入って良かったって思えるような部活にしますから!」


 そう、不器用すぎて、後輩に関わりを持たなかったあの人に代わって、私がちゃんと役割をこなすから。名波さんの努力も、みんなの努力も、私が必ず意味のあるものにするから。


「神代先輩の、二の次になったら、許しませんよ……?」


 そう、名波さんは言う。私は当たり前だ、と言う風に笑った。


「絶対しません。信じてください」


 そう言うと、名波さんは私の肩に手を置いて、私の頭を上げさせた。そうして、私をみんなの方に向かせた。


「皆さん。私も蜜枝さんを、部長に推薦します」


「!?……な、名波さん……!?」


「そこまで言われちゃったら、しょうがないです」


 そう言って名波さんは笑った。その笑顔に性懲りも無く、私はまた、涙が込み上げてきそうだった。どんな気持ちで、そう決断してくれたのか。私に任せると、決めてくれたのか。その気持ちに、涙が込み上げてきそうだった。でも、泣かない。もう泣かないって決めたから。


「先輩方、皆さん、蜜枝さんが部長でいいですか?」

 

 名波さんが、みんなにそう尋ねてくれる。みんなはしばらくコソコソと話をしていたが、そのうち、一人の後輩の子が、手をあげた。


「あっ、あの、!私、蜜枝先輩で、いいと思います!蜜枝先輩は、みんなに優しくしてくれて、きっと部長になっても、ちゃんと役割をこなしてくれると、思うんです!だから、私、賛成です!」


 その声を筆頭に、「私も!」「私も賛成です」という声が上がってくる。名波さんはそれを聞いて頷くと、今度は先輩方の方を見た。


「私達は、蜜枝さんでいいと思います。先輩方、よろしいでしょうか?」


 名波さんがそう尋ねる。そうすると、一人の先輩が、


「私達はもう引退するんだ。その後の部活のことは、みんなが決めることだ。みんなで決めたなら、それでいいんじゃないか?」


 と、言ってくれた。名波さんは先輩の言葉に頷くと、またみんなの方を向いた。


「では、蜜枝さんに賛成の方は、拍手を」


 そう言うと、みんなが一斉に拍手してくれる。後輩も、先輩も、同級生のみんなも、名波さんも、戸神さんも。私は、泣きそうになる息を飲み込んで、叫んだ。


「どうか、どうか、!よろしくお願いします!」


 私の覚悟は、射場にどこまでも強く響いた。

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