6-4 君を花に飾る
そして無事にお別れ会も終わり、部長も決まったところで、最後のお別れパーティが始まった。あの開校記念パーティーほどでは無いが、生物部の部費から出したお金でお菓子やスイーツ、ジュースなどを用意した。それをみんなで食べながら、先輩方の引退を祝う、という訳だ。
私は進行をやりきった感で、ボッーと立っていると横からジュースを手渡された。驚いて横を見ると、そこには同級生の苗田さんが立っていた。
「進行お疲れ様あんど部長就任おめでとう、桜宮さん!はい、これはお祝いのジュース」
そう言って苗田さんは、私にジュースを渡してくる。私はそれをありがたく受けとった。
「苗田さんも準備にお別れ会、お疲れ様です。ジュース、有難くいただきます」
そう言うと苗田さんは、
「うんうん!」
と、元気に頷いてジュースを飲み干していた。私も合わせてジュースに口をつける。ジュースは甘いスパークリングのモモジュースだった。モモの芳醇な香りが、鼻を包んだ。
「やっぱさ、部長は桜宮さんにしか任せらんないよ」
ふと、苗田さんがそう呟いた。私は思わず「え、?」と聞き返して、苗田さんの方を見た。
「だってさ、みんな、三年生の先輩方がもし桜宮さん以外を推薦したらどうしようって思ってたから」
苗田さんはそう言ってシャンパングラスを揺らした。私はその言葉に、ただ頷くしかできなかった。苗田さんは構わず続ける。
「白幸先輩の後任なんて、超大変だと思う。だけどみんな桜宮さんにしか任せられないって、なんていうの、?まぁ、信じてるからさ。だから、頑張ってよ」
そう言って苗田さんが私の背中を優しく叩く。暖かい励ましに、私は思わず涙が溢れそうだった。
「ありがとうございます……。苗田さん」
「良いってことよ!って、あれ。また泣いてるの?……もう泣くなよ〜、部長!」
「泣いてなんかっ、ないですよ!部長って、まだ気が早いですし……!」
「桜宮部長!頼んだよ〜?」
そう言って茶化してくれる苗田さんに、私の涙はすっかり笑顔に変わっていた。これから引き継ぎに部長としてのお仕事、初めてやることで大変だろう。だけど、私が出来ることを一生懸命頑張ろう、と私は心に決めた。
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そうして苗田さんと別れた後も、同級生や後輩の子達は、私が部長になった事を喜んで祝福してくれた。私はその度に、みんながいたから出来た事、これからもどうかよろしくと丁寧に挨拶をしていった。そんな事をしていると、先輩から名前を呼ばれた。
「桜宮さん!白幸先輩が呼んでますよ」
「あ、はい!ごめんね、ちょっと行ってくるね」
話しかけてくれた後輩の子にお詫びを入れて、私は呼ばれた先輩の方へ向かった。
「桜宮さん、こっちこっち!」
と、呼ばれるがまま向かうと、そこには白幸先輩が一人で佇んでいた。先輩が私の背中を押す。
「白幸さん、桜宮さんと二人っきりで話したいんだって。行ってらっしゃい」
「あ、はい!」
私は緊張した面持ちで、白幸先輩の方へ向かった。白幸先輩は窓の遠くの空を見ていた。
「し、白幸先輩、お待たせしました!」
そういって声をかけると、白幸先輩はゆっくりと振り返った。白くて長い髪が風に揺れる。
「ああ、彩葉ちゃん。来てくれたのね」
そう言うと白幸先輩は、優雅に笑った。その微笑みはいつもの優しい白幸先輩だった。白幸先輩はそのまま私に近づいた。
「彩葉ちゃん……」
白幸先輩の真っ直ぐな目が私を見据える。
「はい。なんでしょうか……?」
少しの沈黙が流れる。私は白幸先輩の言葉を待った。
「彩葉ちゃん。部長の件、引き受けてくれてありがとう」
そう言って白幸先輩は、シャンパングラスを持った反対の手で、私の手を握った。
「彩葉ちゃんなら、引き受けてくれると思ったの。……でも、本当は少し怖かった。もしかしたら、彩葉ちゃんの負担にならないかなって……」
そう言って俯いた白幸先輩に、私はすぐに反論した。
「そんな……!私は、嬉しかったです!白幸先輩が残してくれたものを、私が引き継げるならって、私、嬉しくて!……部活、大好きなんです。だから、全然苦なんかじゃないんです!だから、だから……!」
私は白幸先輩の手を強く握り返した。
「だから、私は嬉しいんです。白幸先輩、私に、部長という場所を残してくれて、ありがとうございました……!」
そう言って正面を見上げて、私は息が止まった。否、呼吸を忘れた。
なぜなら白幸先輩は、泣いていたのだ。白い陶器みたいな頬に、涙が伝っていた。
「し、白幸先輩……!?あの、私!」
「いいの。……ごめんね彩葉ちゃん」
そう言って白幸先輩は、シャンパングラスをテーブルに置いて、綺麗な指で涙を拭った。
「大丈夫、大丈夫だから……」
そう言って涙を拭うのに、白幸先輩の目から涙は止まっていなかった。むしろどんどん溢れている。私は心配だとか、困惑だとか、そういう前に、違う事を思っていた。
涙を流す白幸先輩は、とても、とても、
(綺麗だ……)
初めて会った時も、冬の日に笑っていた時も、部長を務めていた時も、部活以外で見かけた時も、ずっとずっと、白幸先輩は綺麗な人だ。今だって、ずっと変わらないのに。
「もっと、」
白幸先輩が涙を遮って言葉を紡ぐ。
「もっと、彩葉ちゃんの先輩、したかったわ。もっと、彩葉ちゃんに出来ること、沢山してあげたかった……」
「……そんな、白幸先輩は十分に……」
「違う……違うの!」
白幸先輩のはっきりとした声が、私の言葉を遮る。
「私は、もっともっと彩葉ちゃんの役に立ちたかったの!この二年間じゃ、全然足りなかったけれど……」
そう言うと、白幸先輩はゆっくりと目を開けた。そうして私の手を離して、私の頬に触れた。
「彩葉ちゃんの、正義感に溢れた所が好き。みんなに優しいところが好き。花を愛でる姿が好き。楽しそうに話す姿が好き。真剣に悩む顔が好き。彩葉ちゃんの育てる花が好き。……私は、彩葉ちゃんの全てが好き。愛してる」
「へ……」
白幸先輩の頬が赤く染まっている。そうして、切なそうに笑っている。どうして、どうして……。
「貴方を、愛しているの」
初めて見る白幸先輩の表情に、その言葉に、私は何も返せなかった。困惑も、動揺もあったけれど、一番は、それってどういう愛してるなんだろうって、考えてしまったからだ。それは敬愛?親愛?後輩への大きな愛情?それとも、それは本気の……、
「でも……」
白幸先輩は、私の話す隙を与えない。
「彩葉ちゃんには、もう、王子様、いるものね」
そう言って白幸先輩は顔を逸らす。
「私よりも彩葉ちゃんのこと、知ってて、考えてて、彩葉ちゃんを大事にしてくれる人。……あの人が初めて部活動に来た日、ああ、私は負けだなって思った。勝ち目なんて、全然なかった。それぐらい、綺麗で、何もかも完璧な人だった」
「それって……」
「ふふ。戸神さんなら、彩葉ちゃんのこと、任せていいって思えちゃったもの。不思議よね」
私の頬に触れていた、白幸先輩の手が、私の頬からそっと、滑り落ちた。
「だから良かった。彩葉ちゃんの幸せが、私の一番の幸せだから。ね、だから、だからどうか……」
白幸先輩が、笑う。それはそれは綺麗に。
「彩葉ちゃんにとって、悲しいことが、辛いことが、ありませんように。これからの未来が幸せで溢れていますように。……彩葉ちゃんを大好きな先輩からの、最後のお願い」
白幸先輩の笑顔は、出会ったあの日から、ずっとずっと、儚くて、消えそうで、そうして、ずっと綺麗だった。
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