6-3 君にありがとう、よろしく
「白幸先輩。二年間、ありがとうございました。私を生物部に入れてくれた事。白幸先輩と育てた花の名前を、私は絶対忘れません。誰よりも可憐で美しい白幸先輩の元で部活ができた事、嬉しく思います。……三年生の先輩方、本当にありがとうございました!引退、おめでとうございます」
そう言って私は深く頭を下げた。どこからともなく拍手の音が聞こえてくる。私は泣きそうな気持ちをぐっと飲み込んだ。泣いてはいけない、いや、今日は泣かないと決めていたから。私は数秒間、下げた頭を上に上げた。目の前には、泣きながら拍手をする部員のみんな、先輩方がいた。私はその時「気持ちはみんな一緒なんだな」と感じた。
私は大きく息を吸い込んだ。泣かないように、気をつけながら。
「では、みなさん。これで部員からのお別れの言葉を終わります。続いて、先輩からのお別れの言葉となります。では、佐倉先輩からお願いします」
私がそういうと、佐倉先輩が「はいっ!」と言って立ち上がった。その頬には涙が伝っていた。
「みんな、今まで本当にありがとう。みんなのおかげで本当に楽しい部活動が出来ました。生物部に入って、私は、本当に良かったです。みんな、本当にありがとう!」
佐倉先輩は元気よく告げると、そのまま顔を覆った。きっと涙を我慢しながら、懸命に伝えてくれたのだろう。私はその姿に、また涙が出てきそうだった。それからいろんな先輩達が交互にお別れの言葉を話していき、その言葉を聞くたびに部員達は涙を流した。かくいう私は懸命に涙を堪えていた。先輩達が順番に話していって、遂に最後、部長である白幸先輩にたどり着いた。白幸先輩は少し泣いていたような気がしたが、順番が回ってくると綺麗に立ち上がって、私達を見た。
「一、二年生のみんな、まずは今までありがとう。私が部長だと言うこともあって、苦労したこともあったと思うの。でも、それでも、生物部について来てくれたこと、本当に嬉しいわ。みんな、ありがとう。それから三年生のみんな、一緒に部活出来て楽しかったわ!沢山の思い出をありがとう。それから……」
そう言うと、白幸先輩は私の方を向いた。
「副部長、兼、彩葉ちゃん」
私は「はい」と返事をする代わりに、こくりと答えるように頷いた。
「部長としてのお仕事、沢山支えてもらって、本当に感謝しているわ。彩葉ちゃんの人柄もお話も、彩葉ちゃんが育てる花も、私は大好きだったわ。彩葉ちゃん、本当にありがとう」
そう言うと、白幸先輩は深く私に頭を下げた。その礼からは、本当に今までの感謝が見えた。私はその姿に、涙を流しそうだった。白幸先輩はしばらく頭を下げた後、ゆっくりと頭を上げた。その顔は笑っていて、泣いていた。
(白幸先輩は、綺麗に泣くんだな)
なんて、私は考えていた。私は白幸先輩の言葉が終わったのに気づいて、慌てて進行をした。
「あっ、!さ、三年生の皆さん。ありがとうございました!では、最後に私達一、二年から先輩方にプレゼントの贈呈です」
そう言うと準備をしていた後輩のみんなが、手に花束を持って、座っている先輩達の前に立った。
「先輩方、引退おめでとうございます!」
私の声に合わせて、みんなも、
「おめでとうございます!」
と言って、花束を渡した。その花束は私達生物部が、この日の為に心を込めて育てた花だった。夏の花を盛り込んだその花束を、先輩達はとても喜んでくれた。笑顔が溢れるぞの場所に私までもが笑顔になった。涙と笑顔で溢れたこの部室で、私達は先輩を見送れたことを、私は何よりも嬉しく思った。先輩達は立派に、私達に見送られた。
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「では、これでお別れ会を終わります。続いて、三年生の先輩からのお話です」
私がそう言って進行席から立ち退き、自分の椅子に座ると、入れ替わるようにして白幸先輩がそこに立った。白幸先輩の目は泣いたせいか赤くなっていたが、それでも笑顔でいた。
「皆さん、改めて素晴らしい会をありがとう。今日のことは、決して、忘れません。そうして、今日は、私達からもお話があります」
そう言うと、白幸先輩は三年生の先輩達と目を合わせてから、こちらを向いて話し始めた。
「みんなも気になっているとは思うけれど、今日の日に向けて、三年生のみんなで一生懸命考えたの。そして昨日やっと決まって、今日、みんなに話すことができるの」
そう言うと、白幸先輩は深呼吸をした。それから息を大きく吸って、また話し始めた。
「三年生から、部長候補を推薦します」
その言葉で、みんなの空気が一気に緊張感に変わった。誰が選ばれるだろうかと、みんな期待する。それは例外なく、私もそうだった。
「その前にまず、部長に立候補したい人はいますか?」
誰も手が上がらない。どうやら部長に立候補したい人は、いないようだ。白幸先輩はそれを確認した。
「では、私達三年生から、推薦させてもらいます。私達三年生が推薦するのは…………」
部室に緊張が走る。みんな息を呑んで、白幸先輩の言葉を待った。
「桜宮 彩葉さんです」
その言葉に、みんなが拍手をした。後ろから「やはり桜宮さんでないと!」「私達もそう思っていました」という声が上がってくる。私は心臓がドキドキと高鳴っていた。
「え、あ……」
「皆さん、賛成ということでいいですか?」
白幸先輩の言葉に、みんなが頷く。私はその光景を唖然とした顔で見ていたと思う。白幸先輩が私の方を向いて、
「みんなそう言っているけれど、彩葉ちゃん。どうかしら?」
と尋ねてくる。私は思わず椅子から立ち上がっていた。みんなの目線が私に向く。私は大きく息を吸った。
「あ、あの、!私なんかでよければ、どうか、よろしくお願いします!」
そう言って勢いよく、深く頭を下げる。まさか自分がなるとも思っていなかったので、気持ちはまだ夢ごごちだった。体がふわふわとして、実感が湧かない。深く下げた頭から、汗が滴り落ちる。自分でもこの状況に緊張しているのがわかった。みんなに部長として、私が認めて貰えるのか。そんな不安が頭をよぎっていた。
そんな時、パチパチパチと、どこからともなく拍手が聞こえてきた。私がおずおずと頭をあげると、同級生の一人の子が立ち上がって拍手をしていた。
「私は賛成です。桜宮さんになら生物部を引っ張って行けると思います」
その言葉を筆頭に、みんなも「私も!」「賛成です」という声が上がる。気づけばみんなが拍手をしてくれていた。私はその光景に、自然と涙が出てきていた。みんなが私を、部長として歓迎してくれている。その事実に私は、ただ泣くしか出来なかった。部員のみんなはただ笑顔で、私に拍手を送っていた。ふと、気づけば、目の前には白幸先輩が立っていた。
「白幸、先輩……、私……」
「……彩葉ちゃん」
そう言うと白幸先輩は、細い指で私の涙を拭ってくれた。
「みんな、彩葉ちゃんにお願いしたいの。私も、私がいなくなった生物部は、彩葉ちゃんにしか任せられないと思っているわ。だから、私の最後のお願い、聞いてくれるかしら?」
そう、優しい笑顔で訪ねてくる白幸先輩は、最後の最後まで、本当に優しくて綺麗で、最高の先輩だった。私はこくりと、何度も何度も頷いた。白幸先輩は私の背中を押すと、みんなの方を向いた。
「では、次期生物部部長は桜宮 彩葉さんになりました。どうか、みんなよろしくね」
私は一生懸命に涙を拭って、声を絞り出した。
「私、頑張ります!なので、どうか、よろしくお願いします!」
そう言ってまた深く頭を下げた。みんなは「よろしく、桜宮さん」「頑張って」と励ますように言ってくれた。私はその言葉にまた涙した。
そこには、いつまでも温かい空気があった。
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